4回にわたる本連載記事では、当ポータルサイトで掲載してきたVNL2024福岡大会(*)の総まとめとして、SDGsとVNL2024福岡大会の結びつきを通して得られた、SDGsの成り立ちとそのゴール達成のための方法について考察します。初回は、福岡県がVNL2024の日本大会の開催地として選ばれた道筋を、SDGsとの関係を中心にたどります。その際、福岡県が取り組んでいるワンヘルスがSDGs達成に向けて果たす重要な役割についても考察します。
* 「買取大吉 バレーボールネーションズリーグ2024福岡大会」(VNL2024福岡大会)2024年6月4日から16日にかけて約2週間にわたって福岡県北九州市で開催
<目次>
1. SDGsの構造
(1)SDGsを実現する方法
(2)SDGsとメガスポーツ大会
(3)SDGsの構造
(4)VNL2024福岡大会のビジョンと企画
(5)開催地の重要性
(6)国際競技連盟FIVB/VWと地方自治体の直接タッグ
(7)福岡県が選ばれた理由
2. 福岡県とワンヘルス
(1)ワンヘルス
(2)SDGsとワンヘルスの相補的な関係
3. VNL2024福岡大会のレガシー:SDGs達成のためのヒント
1. SDGsの構造
(1)SDGsを実現する方法
どちらかといえば堅苦しく考えてしまうSDGsは、「皆が喜び、幸せになるための17の目標」と言い表すことができます。この情緒的で直感的な捉え方は、実際に物事を推進するときに、その根底にある、人々の自然な感情です。
VNL2024福岡大会の企画運営においても、それに携わった人たちの思いの底にはそれがありました。そして、その思いに具体的な形を与えたのが、本大会をSDGs推進事業とするという大会の方針でした。それが人々の共感を呼び、形を与え、自由で多様なアイデアが次々と生み出され、幅広い共感のもとにVNL2024福岡大会をエポックメイキングな成功に導いた人々のコラボレーションへと結実しました。
(2)SDGsとメガスポーツ大会
SDGsの発足時に、当時のパン・ギムン国連事務総長は、メガスポーツイベントとSDGsの関係について以下のように述べています。その文章の中のメガスポーツイベントを具体的なVNL2024福岡大会に置き換えてみますと、次のようになります。
「VNL2024福岡大会は、計画策定やビジョンを通じ、社会開発や経済成長、教育の機会、さらには環境保護を前進させることができます。平和と人権を含め、国連の価値観や目的を推進するための基盤にもなります。VNL2024福岡大会には、新たに採択された『持続可能な開発目標(SDGs)』の実現に貢献できる可能性と、その義務があります」。
メガスポーツ大会が、SDGsのすべての目標達成に貢献できる可能性を持っているのは、スポーツが、平和と喜びと幸せを人々にもたらす大きな力を持っているからでしょう。
では、単にメガスポーツ大会(VNL2024福岡大会)を開催すれば、SDGs達成を前進させることができるのでしょうか?それとも、メガスポーツ大会を開催するときに特に何かに注意を払う必要があるのでしょうか?もし後者なら、どのような注意が必要なのでしょうか?
(3)SDGsの構造
2015年に国連において決議された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(「2030アジェンダ」)の中で提示された「SDGs(持続可能な開発目標)」は、以下の主要な考え方が下敷になっています。
(1)人と社会(経済活動など)と地球環境の関係は、人は社会の一部であり、その社会は地球環境の一部であって、互いに比較したり、対立するものではなく、【人 ⊂ 社会 ⊂ 環境】という入れ子構造になっている。
(2)地球環境が壊れると、それに含まれる社会(経済活動など)と人も壊れる。従って、持続可能な開発は、地球環境を健全に保つものに限られる。(注1)
(3)SDGsの17の目標は、上の入れ子構造の中で、すべてが互いに関連しあっており、不可分である。
SDGsにとって特に重要な(3)は、「2030アジェンダ」に、以下のように述べられ、全文中で、繰り返し強調されています
SDGsは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面、すなわち経済、社会、及び環境の三側面を調和させるものである
(4)VNL2024福岡大会のビジョンと企画
VNL2024の日本における大会開催にあたって、主催者である国際バレーボール連盟(FIVB)/Volleyball World(VW)が示したビジョンは、画期的なものでした。それは、
VNL2024の日本大会をSDGs推進事業として企画運営することによって、大規模国際スポーツ大会の新たな地平を開くと同時にSDGs達成に貢献する
というものでした。
(これはまさに、パン・ギムン国連事務総長の言葉通り、メガスポーツ大会がSDGsの実現に貢献できることを示し、その結果がどのような世界を現出させうるかを示すことになります。)
このビジョンのもとに、大会におけるSDGs推進のための企画は、SDGsの入れ子構造【人 ⊂ 社会 ⊂ 環境】に従って、互いに関連する次の3つの領域にまたがります。
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(A) 環境保護 環境(E)
(B) 地域への貢献 社会(S)
(C) スポーツ大会自体の成功 人 (P)
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(5)開催地の重要性
VNL2024の日本大会をSDGs推進事業として行うに際しては、SDGsの入れ子構造【人 ⊂ 社会 ⊂ 環境】の理解に基づき、まず環境を守るということが出発点です。
これは、VNL2024の日本大会のような個々の事業に関しては、事業主体が、その事業に関わる地域の環境(=エコシステム)の一員として、それを守り行動するということになります。
それゆえ、VNL2024の日本大会をSDGs推進事業として行うに際しての最重要課題は、その開催地=環境(E)をどこにするか、ということでした。
(6)国際バレーボール連盟(FIVB)/ Volleyball World(VW)と地方自治体の直接タッグ
その際、最も大切で有効な手段は、国際バレーボール連盟(FIVB)/ Volleyball World(VW)と地方自治体が直接タッグを組み、今までなし得なかった地域ぐるみのSDGs国際スポーツ大会を推進することです。そこで開催地として理想的なのは、SDGsを積極的に推進している地方自治体を持つ都道府県ということになります。
(7)福岡県が選ばれた理由
九州の福岡県は、次の2点で、SDGs推進国際スポーツ大会を実践できる開催地として非常に適していました。
1)福岡県は、SDGsと本質的に同じだが、それと相補関係にある「ワンヘルス」をアクティブに実践している
2)福岡県の開催都市として選ばれたSDGs未来都市である北九州市には、構造的に、そして地理的に見てSDGs推進に理想的な大会会場がある
2. 福岡県とワンヘルス
福岡県が実践している「ワンヘルス」は、SDGs達成にとって、本質的に重要な役割を果たすことになります。その理由をSDGsとワンヘルスの関係から考えてみます。
(1)ワンヘルス
福岡県が条例を制定して、世界に先駆けて積極的に推進している「ワンヘルス」(One Health)とは、「人の健康」「動物の健康」「環境の健全性」を一つの健康と捉え、一体的に守っていくという国際的な行動指針です。
これは、人や家畜、野生動物などの感染症(コロナパンデミックや鳥インフルエンザ、エボラ出血熱など数えきれない数の感染症)が生態系を含む地球環境に非常に密接に関係しているという事実の認識に基づいています(注2)。
その結果、「ワンヘルス」の取り組みは、感染症対策だけでなく、その根本である地球環境を守るための非常に広範な対策と活動がなされることになります。
(2)SDGsとワンヘルスの相補的な関係
SDGsは、地球環境の保護と人間の経済活動という互いに対立する両者の両立を目指すことから出発し、発展してきました。そして、その長い歴史の過程で、経済活動と地球環境は同じ平面で対立させ得るようなものではなく、経済活動は地球環境の一部として機能しており、地球環境システムの将来にわたっての健全性を保持するような経済活動のみが持続可能な経済活動であるという科学的研究結果に基づいた認識に至り、SDGsが策定されました。
しかしながら、その歴史的経緯から分かるように、地球環境と経済活動はいまだに互いに対立するものとして捉えられることが多く、それがSDGs達成を非常に難しくしています。
ワンヘルスは、人や動物の伝染病対策から始まり、それが人と動物を含む地球生態系全体の健全性に依存するという認識に至りました。したがって、私たちの最も根本である生命とその健全な状態を一体的に守るためには、地球環境システムを守らなければならない、ということをその根本命題としています。
このことは、次の2点において非常に大切な考えです。
1)「ワンヘルス」は【人 ⊂ 社会 ⊂ 環境】というSDGsの根本にある考え方と同じ
2)「ワンヘルス」は、人、動物、環境を一つの健康と捉えることで、そのどの要素も他の要素に影響を与え、全体に変化を与えるということが直感的に把握できる。これも、SDGsの17の目標はその全てが同時に遂行され、達成される時にのみ達成可能であり、誰一人取り残されない持続可能な社会が可能である、という考えと同じになります。
しかし、この同じ考えを、健康を主題としているワンヘルスは、経済活動(開発)を主題としているSDGsと少し違った道筋を通って、実現しようとしていることが重要です。
ワンヘルスの考え方は、健康ということに目を移すことによって、SDGsの中でいまだに燻っている地球環境対経済活動という対立構造から、柔軟に脱するための考え方と方法を提供し、将来にわたって地球環境を守りつつ、私たちの必要を満たすための経済活動のみが持続可能であるというSDGsの考えを有効に実行する強力な手段となり得ます。
このことは、人の健康に直結しているスポーツ、そして、メガスポーツ大会が、SDGsのすべての目標達成に貢献できる非常にわかりやすい理由になります。
SDGs達成を旗印にしたVNL2024の日本大会が、ワンヘルスを実践している福岡県で開催される意義がここにあります。
続く第II、第III、第IV編で詳しく述べるように、福岡県は、VNL2024福岡大会のSDGs達成に、人々から容易に、広く、受け入れられているワンヘルス施策から具体的な手段を提供し、このことを証明してくれました。
3. VNL2024福岡大会のレガシー:SDGs達成のためのヒント
本稿の初めに、SDGsを実現するための方法として、SDGs=「皆が喜び、幸せになるための17の目標」と捉えることによって、それがSDGs事業としてのVNL2024福岡大会において、自由で多様なアイデアが次々と生み出され、幅広い共感のもとにVNL2024福岡大会をエポックメイキングな成功に導いたことを述べました。
そして、その自由で多様な企画運営が、福岡県とのコラボレーションによって、SDGsの経済対環境の壁をワンヘルスによって超えることによって、実現できたことを述べました。
その結果得られたVNL2024福岡大会のSDGs事業内容を振り返ってみると、そこで企画運営された様々な取り組みは、期せずして、SDGsの17のすべての目標がカバーされていることに気が付きます。
このことと、VNL2024福岡大会がエポックメーキングな大成功を収めたこととを考え合わせると、「2030アジェンダ」で繰り返し強調されている
SDGsは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面、すなわち経済、社会、及び環境の三側面を調和させるものである
という文面が、具体的に何を意味しているかを教えてくれているように思います。
それを私たちは、次のように理解します:
持続可能な事業は、SDGsの17のすべての目標が、同時に考慮され、遂行される時に、達成される
という考え方に導かれます。
この考えを愚直にVNL2024福岡大会という国際スポーツ大会に適用すると、VNL2024福岡大会では、皆が喜び、幸せになる社会が達成されるようにしようという動機のもとに、SDGsの17のすべての目標が同時に達成されることを目指したことになり、それが実現された結果、エポックメーキングな、地域社会を巻き込んだ持続可能な事業と、皆が喜び、幸せである社会が達成されたと結論することができます。
本シリーズでは、続くII、III、IVで、以上のことを具体的に見ていきます。
*注1
2013年3月21日付けの科学雑誌「ネイチャー」
*注2
ワンヘルスは、もともと現代において特に大きな問題となっている人や動物の感染症に対する対策がその発端でしたが、それが生態系を含む地球環境の健全性と非常に密接に関連しているという認識に至り、人と動物と環境の健全性を一体的に守る組織横断型の活動を喚起しました。
そして、WCS(野生生物保全協会)が2004年にニューヨーク・ロックフェラー大学で主催した ”One World, One Health“:Building Interdisciplinary Bridges to Health in a Globalized World(グローバル化した世界で健康に対する学際的な架け橋を築く)で、感染症予防のための総合的アプローチを確立し、人・家畜・野生動物、そして人類の生存を根底から支えている生物多様性を保全するための提言として、12項目からなる「マンハッタン原則」が採択されました。その後、このワンヘルスは、FAO、OIE、WHO(2010年三者同盟)、UNEP(国連環境計画)(2020年のジョイント)をはじめとして多くの国際機関とともに、全世界の共通目標として、諸機関が人と動物と生態系を含む地球環境の健全性の維持のための連携が実施されてきています。
特に福岡県は、2016年に福岡県で開催した第2回世界獣医師会で、4項目からなる「福岡宣言」を採択し、ワンヘルス推進の先頭を切っています。
資料提供:VNL2024福岡大会組織委員会(SDGs部門)
文責:あおやま あきら