コラム

地球に満ちる人と家畜-多様性をこんな風に見てみる

1.「多様性」へのまなざしが揺らぐ時代に

アメリカのトランプ政権が始まって100日余りが過ぎました。この政権が押し進めるアジェンダが、多方面にわたって世界中に大きな影響を与え始めています。

そのアジェンダの中で見直されているキーワードの一つ「多様性」は、SDGs、そして持続可能な世界を考えるときになくてはならないものです。

例えばトランプ政権が押し進めている「ジェンダーは生物学的な男と女の二つだ」という宣言に代表される性の多様性に対する政策は、早速アメリカ国内ではアマゾン、メタなどの先端テクノロジー企業やマクドナルドやフォード・モーターなどのグローバル企業、ウォルマートなどの大手小売企業など、多くの企業内での多様性を含むDEI(多様性、公平性、包括性)に対する取り組みの方向転換を促し、イギリスでの男女の定義に関する最高裁判決とともに、多様性全般に対する考え方にも大きな影響を与え始めています。

これらのことは持続可能な社会の実現を目指すSDGsにとって大きな影響を与える可能性がありますが、ここでは、それらへの賛否ではなく、目を少し違った風景に向けてみて、そこから浮かび上がってくる多様性の持つ多様な様相を見てみることにします。

 

*   *   *

 

2.人と家畜が地球を覆い尽くしている?

牛の牧畜と地球環境に関する資料を調べていたときに、特に印象的だったのは、この記事に掲載されていた人と牛などの家畜の総数です。

「世界にいる哺乳類のうち34%が人間で野生動物はたった4%」など知られざる哺乳類の豆知識9選- GIGAZINE

https://gigazine.net/news/20221120-our-world-in-data-mammals/

世界人口は、81億1900万人ほど(UNFPA(国連人口基金)「世界人口白書2024」)なのに対して、牛や豚などの家畜が52億7000万頭(鳥類を除くと52億3800万頭)以上あり(2022年)ref.1: https://ja.wikipedia.org/wiki/家畜(Wikipedia)、そのうち牛は15億7600万頭、日本では400万頭(2023年)ref.2: https://www.globalnote.jp/post-15229.html (GLOBAL NOTE)ということです。

では、地球上の野生動物(哺乳類)の数はどれくらいでしょうか?2018年にBar-Onたちによって発表された地球上の全生物のバイオマス調査の論文から見てみます。

(The biomass distribution on Earth:  Y.M.Bar-On, R.Phillips, and R.Milo,  PNAS 115, 2018

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1711842115

動物たちの大きさは千差万別なので、生態学で使われるバイオマス(総炭素量)(*1)で、その数量を表してみると、それは陸上哺乳動物約300万トン、海洋哺乳動物約400万トンの合計約700万トンと言われています。

これを人や家畜の総炭素重量と比較してみますと

人       6,000万トン     34%

家畜        1億トン     62%

野生動物     700万トン      4%

となります。

つまり、人と家畜が地球上の全哺乳類の96%を占めているというのが現在の地球の状態です。野生哺乳類は、全哺乳類の中のたった4%しかいないというのですから驚きです。

研究によれば、10万年まえの陸生野生哺乳動物の総炭素重量は2,000万トンと推定されているので、大雑把に言えば、10万年前の世界には、今の人間の3分の1ほどに当たる数(量)の多くの野生哺乳動物たちが陸上に生息していたことになります。

それが、1万年まえに1,500万トン、1900年には1,000万トンに半減し、その後100年余りの間に、その3分の1にあたる300万トンに激減したと言われています。

このうち、5万4000年まえから1万1000年まえ(紀元前5万2000年から9000年)に起こった「第四紀の大量絶滅」と呼ばれている期間に、体重44kg以上の大型哺乳類であるメガファウナのうち約半数にものぼる178種類もが絶滅したと推定されています。これが1万年前には野生哺乳類が1,500万トンに減った理由の一つですが、この「第四紀の大量絶滅」は人類が引き起こしたと考えられています。

敢えて言えば、何万年にもわたって人類が野生の哺乳動物を食べて滅ぼし、その分人間と家畜が増えていったことになります。なぜ家畜も増えていったかというと、減少する野生哺乳類の代わりに家畜が食としての役割を果たしているからでしょう。

人間の食を支えているのはもちろん哺乳動物だけではありません。魚介類、エビなどの節足動物、植物など、非常に多種多様な生物が食の対象となっています。

これらの野生動植物は、野生哺乳動物と同じ運命をたどり、それに代わって、家畜化された魚介類や野菜、穀物などといった植物が、地球上に繁栄しています。

この現象は現在も継続中です。野生の魚が徐々に減り、養殖の魚が食卓にあがります。貝類も海藻類もそうです。野生植物たちは、言わば家畜化された米、小麦、大豆、とうもろこし、などなどの増産のために、伐採や農薬などで積極的に滅ぼされています。このように野生生物の減少と、人と家畜化された生物の増加は一対の出来事と考えられます。そして、全体を見れば、野生の生態系が徐々に滅び、代わりに家畜化された生態系が、人間によって作り出されているわけです。

ただ幸いなことに、節足動物や魚類を含む全動物のバイオマスは約2ギガトン、植物に至っては約450ギガトンと、全生物(約550ギガトン)のバイオマスは、哺乳動物の約0.7ギガトンをはるかに上回っています。

※ギガトン(Gigaton)は、質量の単位で、1ギガトンは10億トンを表します。

 

*   *   *

 

3.人為的生態系が直面する限界

ところが、圧倒的なバイオマスを誇る全生物の生態系の中に生まれてきているこの人為的な生態系が、残念ながら(かどうか分かりませんが)、うまくいかないのです。この野生の生態系の破壊と人工的な生態系の発展という一対の出来事に対して、全地球環境の急速な変動が伴って起こっているからです。この全地球環境の急速な変動が全生態系の破壊につながる危険性が顕著になってきているからです。地球環境変動と生態系の変化というこの両者の間には経済活動など人間の広範な活動も含めてはっきりと因果関係があるというのはわかるのですが、この関係は個別の対策を実行するだけでは対応できない複雑さを持っています。

地球上に家畜が溢れかえっているという事実は、同じく地球上に溢れかえっている人間が生存することと深い関係にあります。家畜を含む人工的な生態系を地球環境問題の中で取り扱う場合には、野生の生態系を含んだ全地球生態系内での関係として取り扱い、全体的なアプローチが必要と思われます。

 

 

例えば、牛のゲップに含まれるメタンガス(*2)などが温暖化ガスの非常に大きな割合を占めているので、地球温暖化防止のために肉食をやめ植物性タンパク質で代替しようといった考え方と取り組みがあります。もちろんこういった取り組みも意味がありますが、現在の人と牛の共存の有り様を全地球生態系との関わりで、特にその数量的な関係と多様性の関わりを広く見直す作業を早急に進めることによって、より地球全体の生態系に即した対策が浮かび上がってくることが期待されます。

人工的な生態系と野生の生態系の本質的な違いは、その多様性にあります。人工的な生態系には、人間による主に経済的な目的意識があり、それを遂行するのに必須の効率第一の考え方などが必然的にその多様性を奪っています。一方野生の生態系は人間の単純な目的意識ではない進化過程によって、膨大な時間の中で培われてきたもので、多様性そのものがその本質です。

生物や生態系の多様性の問題を考える上で、注意しなくてはいけないことがあります。それは、上の例で考えると、非常に多くの種を含んだ多様性に富んでいると言われている哺乳動物も、その圧倒的な多様性は地球上の全哺乳動物の中のたった4%の野生哺乳動物の中でしか実現していないという事実です。生物の多様性を保護するという考えの中に、地球上の全哺乳動物の96%を占めている人と家畜を含めて、生物や生態系の多様性を地球環境の中で取り扱う、より強靭な全体的アプローチが求められます。

生物だけでなく、他のさまざまな分野での多様性を考える際にも、それぞれの分野における多様性の現実を広い視野で見つめる必要があります。

このことは、私たちが主張している、SDGsの取り組みは、全てのゴールをカバーする全体的な取り組みをするときに、実り豊かな結果を生み出すことと密接に関係していると思われます。

 

※本ポータル内参考記事

2025.2.25コラム「SDGsは、その全ての目標を、創意工夫して同時に遂行するとき 良い結果をもたらす」https://japan-sdgs.or.jp/column/5711.html

2025.02.14記事「<スポーツとSDGs>VNL2024福岡大会の意義 V まとめ」https://japan-sdgs.or.jp/news/5904.html 参照

 

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バイオマスに関する主な資料:GIGAZINEより

(*1)

地球上のいろんな生物の個体数を比較するとき、目に見えない細菌類や、象や鯨のような大きな動物など大きさが非常に異なるので、生態学ではバイオマスという単位で測られることが多いそうです。

バイオマスは、単位面積あたりの対象としている生物の数をその重量で表したもので、全重量、乾燥重量、あるいはその生き物に含まれる総炭素量で表されます。乾燥重量の約半分が炭素重量であるので、生物間の比較をするとき炭素重量での比較は乾燥重量の比較と考えてよいように思います。

(*2)

牛の一番大きい第一胃(ルーメン)の中で発生するメタンガスは、動物が草を消化できるようにしているルーメン内の細菌が健全に働く時に生成される必要不可欠なものです。人間のオナラの中にもメタンガスが含まれているのはよく知られていることです。

これは、動物が消化できない植物を食べ物として利用できるための動物と細菌の共生という、進化上の大きな出来事として定着したことです。人間も腸内細菌が植物を消化した産物を吸収することで栄養を得ています。牛と同じくゲップやオナラにメタンガスが含まれます。

これは、<光合成による大気中のCO2→炭水化物→動植物のエネルギーと体→呼吸によるCO2の大気中への放出>というカーボンニュートラルな過程に伴うものです。

ここで先に述べたバイオマスに注目しますと、全地球のバイオマスの第1位は植物で82%、第2位は細菌で13%、この両者で地球上の全バイオマスの95%を占めています。動物は0.2%に過ぎません。この動物の一部がバイオマス第2位の細菌の一部と共生し、第1位の植物の作りだす食料を食べて生きているというのが生態系で進行していることです。ちなみに肉食動物のターゲットは、究極のところ草食動物なので、草食動物の食物連鎖における役割は非常に重要です。

コラムニスト

あおやまあきら
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あおやまあきら
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