コラム

漁村社会とSDGs (江崎貴久さんインタビューに寄せて)

参照:江崎貴久さん「日本発の地域振興型エコツーリズム」

伊勢志摩国立公園でのエコツーリズム関する本サイトの記事の中で、インタヴュイーの江崎貴久さんがしばしば言及されていた、漁村社会の特徴と、それに基づいた地域振興のあり方への視点は、SDGsの諸目的を推進する上で、大変示唆的です。

鳥羽市島嶼地域の漁村社会の特徴の一つは、漁民が大昔から継承してきている現場主義による海の資源保護の姿勢と、それを可能にしている漁民たちのパーソナリティーと漁民社会のあり方です。そのあり方は、実は、この鳥羽市島嶼地域に特有のものというよりも、日本における漁村社会と漁民に共通するものであることが、様々な調査、研究で、明らかにされています。例えば、日本学術会議石原潤氏の報告によると、次のようにまとめられています。

漁村社会は、農村社会とは異なるユニークな諸特徴があり、父系というよりは、母系と父系の双系的傾向をもつ社会です。漁民は、農民と異なるパーソナリティーをもち、例えば、移動についての抵抗感が少なく、進取の気風があり、外来者に対して開放的である、と、言われています。これらの特徴をもつ日本の水産業・漁村の文化が、非常に長い年月にわたって継承されてきた理由には、民俗知識としての環境認知が現実的に機能してきたことが挙げられます。それはどういうことでしょうか?再び、石原氏の報告から要点を引用してみます。

古来、日本の漁民は、海及び内水面の利用を通して、海や内水面に関わる詳細な環境認知を行い、それらを民俗知識(indigenous knowledge:その土地固有の知識)として蓄積してきました。それらの知識は、海岸・湖岸や海底・湖底の地形や地質、水深や水質、海流や潮流、プランクトンの繁殖状態、水生生物の生態、気象、天体の運行、時間と方角等に及んでいます。こうした民俗知識は、漁撈や航海に有効な民俗的技能を発達させてきました。このような詳細な環境認知を前提として、日本の漁民は、世界的に見ても希なほど、多様な伝統的漁法と、それに対応した多様な漁具を展開させてきたのです。漁民はまた、日本における海と水産物に関わる多様な生活技術の発展に貢献してきました。私たちの社会に溶け込んでいる魚食文化の多様な発達はその最たるものです。また、信仰、民俗行事、芸能など、日本文化の基底に重要な存在であります。このように、漁村や水産業集団は、漁撈、漁業に関わる様々な伝統的文化を継承する主体としてあり続けてきました。(石原潤)

石原氏が指摘している漁村と漁民の文化は、しかし、日本において特殊な文化なのでしょうか? 日本の文化の基底は、農村文化であると、一般的に考えられています。しかし、実際は、海に囲まれ、山々が圧倒的面積を占め、それゆえ、雨や川を通して、極めて水に恵まれた、いわば、水の国である日本の文化の基底には、今も脈々と受け継がれている、漁村、漁民文化のエッセンスが大きな割合を占めているのではないでしょうか。そして、農村文化の強調と、漁村文化の無視や忘却が、現代の日本文化に対する私たちの理解を著しく歪め、足かせをはめているのではないでしょうか?

漁村文化の根底にあるのは、日本のそれぞれの地域での自然環境に対する個人個人の弛まざる認知、民俗知識と、それに基づく自然資源の多様な利用方法の発明と運営、そして、それと直結する日常生活と社会の運営です。これが、移動についての抵抗感が少なく、進取の気風があり、外来者に対して開放的であると言われるパーソナリティーをもつ個人を育て、母・父系の双系的傾向をもつ社会を形成するとしたら、漁村文化を支えてきたエッセンスを再認識し、一般化することが、日本でのこれからの持続可能な社会の構築に大きなヒントを与えてくれるように思います。水産業の近代化と水産業従事者数の急減や漁村からの人口流出による、漁民的伝統文化の維持が著しく困難になってきている現在こそ、この視点が見直される好機であるように思います。あおやま

あおやま あきら
未来投資研究所理事 SDGs JAPANポータル編集長

 

*石原 潤「水産業と漁村の文化史的意義と文化継承機能」(日本学術会議から農林大臣への答申―地球環境・人間生活にかかわる水産業および漁村の多面的な機能の内容および評価について)  https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits1996/9/9/9_9_29/_pdf

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あおやまあきら
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