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【トレンド・ウォッチ】「ワールドカップは売り物ではない」――スポーツを支える経済活動とSDGs

サッカーのワールドカップを運営する会社の株式を、民間投資家が保有する――。国際サッカー連盟(FIFA)が加盟協会に示した提案が明らかになり、世界のサッカー界に激しい反発が広がりました。FIFAはその後、構想を撤回しました。

 

画像:SDGs JAPAN PORTAL 編集部制作

 

欧州サッカー連盟(UEFA)と加盟する55の協会は、「ワールドカップは売り物ではない」として提案を拒否し、撤回されなければFIFA主催大会をボイコットすると表明しました。北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)も拒否し、アジアサッカー連盟(AFC)は、十分な協議もなく進められた手続きを「まったく容認できない」と批判しました。【参照1・2】

提案は正式に決定されたものではありませんでした。それにもかかわらず、各地域のサッカー連盟が直ちに、大会のボイコットにまで言及する強硬な反応を示し、FIFAは7月31日、構想を撤回しました。ここに、今回のニュースの緊迫性があります。【参照2】

それは、この提案が単なる資金調達の方法ではなく、ワールドカップを誰が所有し、その将来を誰が決めるのかという、国際サッカーの根幹に関わる重大な問題だからです。

大規模スポーツ大会の開催には、企業の参加や商業収入が欠かせません。問われているのは、大会を支えるための経済活動が、スポーツ大会そのものを外部投資家の利益のための「資産」に変えることにならないかということです。

 

2割の株式を外部投資家へ

2026年7月、FIFAが加盟協会に示した提案の内容が、ロイターの報道によって明らかになりました。

提案は、ワールドカップをはじめとするFIFA主催大会の商業・運営業務を担う新会社「FIFA Forward Enterprise(FFE)」を設立するというものでした。会社の評価額は約200億ドル。FIFAは株式の最大20%を外部投資家へ売却し、最大約42億ドルを調達するとしていました。【参照1】

FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は、これは加盟協会に義務を課すものではなく、「民主的な協議」を始めるための提案だと説明しました。しかし7月31日、同会長は、この構想が分裂を生んだとして、提案を進めないことを発表しました。【参照2・3】

したがって、これは正式決定される前に撤回された構想です。しかし、単なる観測ではありませんでした。FIFAが実際に加盟協会へ提示し、国際サッカー界で現実の協議と対立を引き起こした提案です。

FIFAは、株式売却によって得られた資金を世界各国のサッカーの発展へ投じると説明しています。競技環境を整え、資金の乏しい協会や地域へ収益を分配することは、国際競技団体の重要な役割です。外部資金の導入自体を、直ちに否定することはできません。

しかし、大会を運営する会社の株式を利益の獲得を目的とする投資家が所有すれば、出資に対する利益を継続的に還元する必要が生じます。放映権、スポンサー契約、大会数、開催方式、チケット価格などにも、競技や社会にとって何が望ましいかだけでなく、企業価値と収益性を高めるための圧力が働く可能性があります。

一度その所有構造がつくられれば、出資者の利益や契約上の権利が組み込まれ、後から元へ戻すことは容易ではありません。正式決定を待ってから反対したのでは遅いという危機感が、UEFAなどの迅速な行動につながり、構想の撤回にまで至ったと考えられます。

また、UEFAやAFCなどは、世界のサッカーを根本から変えうる提案が、各地域の連盟や加盟協会との十分で透明な協議を経ずに進められたことを問題にしています。

ワールドカップは、FIFAだけがつくったものではありません。各国の協会、クラブ、選手、指導者、開催地域、スポンサー、放送関係者、ボランティア、そして何世代にもわたる世界中のファンが、ともに育ててきた大会です。

その運営を担う会社の株式を外部へ売却することは、単なる組織内部の経営判断にとどまりません。多くの人々が蓄積してきた大会の社会的・文化的価値の一部を、投資対象へ組み替えることにもなりえます。

「ワールドカップは売り物ではない」という言葉は、FIFAには、その共有財産の将来を十分な合意なしに外部資本と結びつける権限はない、ということを明白に語っています。

 

なお、今回の激しい反発の背景には、この提案だけでなく、2026年ワールドカップを通じて蓄積したFIFAへの不信もあります。米国代表選手のレッドカードによる出場停止が、トランプ米大統領からインファンティーノ会長への電話後に執行猶予とされたことは、政治による競技運営への介入として強い批判を招きました。【参照4】高額なチケット価格や決勝のハーフタイムショーをめぐっても、ワールドカップの過度な商業化を懸念する声が上がりました。【参照5・6】さらに、FFEの投資家グループを主導するとされたThrive Eternalは、ジョシュア・クシュナー氏が創業したThrive Capitalが運営するファンドです。【参照1】同氏は、トランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏の弟にあたります。【参照1】こうした一連の経緯の直後に示されたFFE構想は、単独の資金調達策ではなく、FIFA、政治権力、民間資本の接近を恒久的な仕組みにするのではないかという疑念とともに受け止められました。

 

トレンド――スポーツが「投資資産」になる時代

今回のFFE構想と、それに対する国際的な反発から浮かび上がるのは、世界のスポーツが、見る人を集める興行であるだけでなく、放映権、デジタル配信、スポンサー、データ、施設、選手のブランド価値などを一体化した巨大な「投資資産」として注目されているというトレンドです。民間資本によるスポーツへの参入は、すでに世界各地のプロスポーツをはじめ種々の国際大会でも広がっています。今回のFFE構想は、その流れがワールドカップという共有性の高い大会にまで及びうることを、端的に示しました。【参照7】

今回FIFAのアドバイザーを務めたJPモルガンは、2021年に頓挫した欧州スーパーリーグ構想でも資金提供を担っており、金融資本がスポーツの大会や運営構造そのものを投資対象として捉える動きが、形を変えながら続いていることがうかがえます。【参照8・9】

 

しかし、スポーツには通常の事業資産には置き換えられない性格があります。競技する喜び、身体と心の成長、公正な競争、地域への帰属、世代を越えた記憶、国や文化を越えた交流など、その価値の多くは財務諸表の数字だけでは測れません。

スポーツ大会は、競技団体や開催企業だけによって成立するものでもありません。選手、ファン、地域社会、ボランティア、スポンサー、放送関係者など、多くの人々が関わることで、その社会的・文化的価値がつくられていきます。

その中から経済的価値だけを切り離して最大化すれば、スポーツを支えてきた人々との関係を壊し、長期的にはスポーツそのものの価値を弱めることにもなります。

特にワールドカップのような世界最大規模の大会で運営主体の所有構造が変われば、影響は競技団体の内部にとどまりません。開催国の選定、大会方式、放映、観戦機会、地域社会への負担と利益、子どもたちがスポーツへ接する環境など、世界各地の社会と次の世代にも及ぶ可能性があります。

スポーツを支えるための資金と、スポーツを支配するための資本。この二つを区別し、両者の境界を定めることが、世界のスポーツ界で差し迫った課題となっています。

 

SDGsとの関係

 国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は、スポーツをSDGs達成を促進する重要な促進手段と位置づけています。国連は、大規模スポーツ大会が、健康、教育、社会参加、平等、国際交流、経済発展、環境保護などを前進させる力を持つと指摘しています。【参照10・11】

その力は、大会によって得られた収益や社会的な関心が、競技者と観客だけでなく、子どもたち、開催地域、環境、次の世代へと還元されるときに発揮されます。

スポンサー企業の参加、チケット販売、放映権、観光、関連商品の販売などは、大規模大会を成立させる重要な基盤です。その経済活動を、地域振興、子どもたちの教育、国際交流、環境への配慮、誰もが参加できる社会づくりへ結びつけることもできます。

 

特筆すべきは、日本では、2024年と2025年のバレーボールネーションズリーグ(VNL2024・VNL2025)をはじめ、さまざまなスポーツ大会で、スポーツの価値、企業活動、開催地域、子どもたち、環境への取り組みを一体的に進めるSDGs的大会運営が積み重ねられてきました。

これは、商業活動をスポーツの外側から加えるのではなく、商業活動によって大会が生み出す力を社会全体へ循環させる有効で具体的な取り組みです。経済活動によってスポーツと社会の価値をともに育て、関係する人々と地域の豊かさを持続させる。その方向こそ、大規模スポーツ大会をSDGs達成の原動力とする道です。

 

ポータルからのひと言

問題は、スポーツ大会が商業活動と結びつくことではありません。

企業の参加や商業収入を、スポーツの発展、地域社会の活性化、子どもたちの教育、国際交流、環境への取り組みへ結びつけることができれば、経済活動、スポーツ、社会は互いを支え、育てる関係になります。

反対に、大会を一部の組織や投資家の利益を生む資産として扱い、選手、ファン、加盟組織、開催地域を意思決定から遠ざけるならば、その関係は逆転します。経済活動がスポーツを支えるのではなく、スポーツが資本の利益を支える手段になってしまいます。

今回のFIFAによるFFE設立の提案は、正式決定される前に撤回されました。所有構造と利益の流れが確定してからでは、スポーツを支えてきた人々が、その将来を決める場を取り戻すことは難しくなります。今回の経緯は、決定前に声を上げることの意味を、現実の結果として示しています。

 

「ワールドカップは売り物ではない」という言葉は、商業活動の否定ではありません。それは、スポーツを支える経済活動と、スポーツそのものを外部資本のための投資資産に変えることを、明確に区別しようとする言葉です。

スポーツは誰のものか。経済活動は、スポーツと社会の価値をどのように育てるべきか。そして、その将来を決める場に、誰が参加するのか。

世界最大のスポーツ大会をめぐって現実に示された提案と、それを撤回に至らせた反対は、この問いが将来の課題ではなく、すでに私たちの前にあることを示しています。

その緊迫性と重大さを受け止め、経済活動、スポーツ、社会がともに持続できる関係をつくることが、大規模スポーツ大会の未来とSDGsの実現につながるのではないでしょうか。

 

 

【参照】

1.Reuters(2026年7月28日)

https://www.reuters.com/sports/soccer/fifa-mulls-stake-sale-through-new-20-billion-entity-source-says-2026-07-28/

 

2.Reuters(2026年7月31日)

https://www.reuters.com/sports/soccer/fifa-proceed-with-consultation-process-over-stake-sale-plans-2026-07-31/

 

3.Reuters(2026年7月29日)

https://www.reuters.com/sports/soccer/infantino-calls-plan-sell-world-cup-stake-proposal-not-an-obligation-2026-07-29/

 

4.Reuters(2026年7月6日)

https://www.reuters.com/sports/soccer/trump-intervention-sparks-world-cup-storm-fifa-clears-balogun-face-belgium-2026-07-06/

 

5.Reuters(2026年7月18日)

https://www.reuters.com/sports/soccer/if-you-bill-it-they-will-come-fifa-wins-battle-fans-wallets-pricey-world-cup-2026-07-18/

 

6.Reuters(2026年7月19日)

https://www.reuters.com/sports/soccer/madonna-bts-bieber-bring-star-power-world-cup-halftime-show-2026-07-19/

 

7.Reuters Breakingviews(2026年7月29日)

https://www.reuters.com/commentary/breakingviews/fifa-gets-fitted-private-equitys-golden-boot-2026-07-29/

 

8.The Guardian(2026年7月30日)

https://www.theguardian.com/football/2026/jul/30/fifa-sales-pitch-revealed-more-tournaments-debt-womens-game-omitted

 

9.Reuters(2021年4月23日)

https://www.reuters.com/world/uk/jpmorgan-says-it-misjudged-backing-european-super-league-2021-04-23/

 

10.United Nations

https://www.un.org/en/observances/sport-day

 

11.United Nations Chronicle

https://www.un.org/en/chronicle/article/role-sport-achieving-sustainable-development-goals

 

 

 

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【VNL2025千葉大会総括】SDGsの新基準を確立!本大会が達成した「誰一人取り残さない」持続可能な国際スポーツイベント

https://japan-sdgs.or.jp/news/6425.html

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