世界各地のスタジアムやアリーナで国際大会が地域を賑わせるなか、スポーツを目的とした旅行(スポーツツーリズム)が、これまでとは異なる評価軸で語られるようになっています。
これまでのスポーツイベント誘致は、「開催期間中にどれだけの経済効果(宿泊や飲食消費)を生んだか」という短期的な視点が中心でした。しかし近年は、「環境への配慮」や「地域社会への長期的な遺産(レガシー)」を重視する評価基準へとシフトしつつあります。
一時的な集客イベントから、地域社会と共生する持続可能なビジネスモデルへ。世界と日本で同時に進むスポーツ観光の変化を追います。

IFSCクライミンググランドファイナルズ福岡2025で、アイマスクをつけてブラインドクライミングのエキシビションに挑戦する安楽宙斗選手/写真提供CB,Ltd
国連観光機関が新設した「持続可能なスポーツ観光賞」
この流れを象徴する動きとして、2026年3月、国連観光機関(UN Tourism)と国際自動車連盟(FIA)が共同で創設した「Awards for Excellence in Sustainable Sports Tourism(持続可能なスポーツ観光アワード)」の第1回受賞者が、マドリードで開催された授賞式で発表されました。世界70件の応募の中から28件が最終候補に残り、7名の審査員による選考を経て受賞団体が決定されました。(*1)
この賞は、大会の規模や経済的な成否だけでなく、環境負荷を抑える取り組みや地域社会への貢献、持続可能な運営体制などを国際的な基準で評価するものです。
・Most Sustainable Sport Event(最も持続可能なスポーツイベント)部門:『セクト・ラリー・フィンランド』 (*2)
モータースポーツという環境負荷が懸念されやすいジャンルでありながら、国際的なサステナビリティ基準(ISO 20121)の認証を取得。大会運営における環境対応を進めるとともに、「Spark the Future」と題した環境フォーラムを3年連続で開催し、観客の意識醸成にも取り組んできた点が評価されました。
・Community Impact in Sports Tourism(コミュニティへの貢献)部門:『サロモン・カッパドキア・ウルトラトレイル(トルコ)』 (*3)
世界遺産に登録されたカッパドキアの自然を舞台とする大規模なトレイルランイベントです。トルコ観光振興開発庁や地元事業者と連携し、世界各国から多くの参加者を集めながら、一時的な消費にとどまらない地域経済への波及や、地域ブランドの発信に取り組んでいる点が評価されました。
国連機関がこうしたアワードを主導し始めたことは、今後の国際大会や地域イベントの評価に「グローバルな基準」が持ち込まれつつあることを示しています。
拡大する市場を支える「参加・体験型」、そして第3の価値「支える」旅
なぜ世界は、スポーツ観光の持続可能性にこれほど注目するのでしょうか。背景には、市場の成長スピードがあります。
国連観光機関によると、スポーツに関連する旅行は、世界全体の観光支出の約10%を占める規模になっています。2023年時点で約6,090億ドル(約90兆円)だった市場価値は、Expedia Groupが紹介する市場予測によると、2032年までに約1.3兆ドル規模へ拡大すると見込まれています。(*4)
特に近年は、観戦型(トップアスリートの試合を観に行く旅)だけでなく、「参加・体験型」のスポーツ観光が市場の伸びを後押ししています。一般の市民ランナーが地方のマラソン大会に出場したり、サイクリストやクライマーが自然豊かな地域に長期滞在したりするスタイルです。旅行者自身が体を動かし、地域の自然や文化と深く関わるからこそ、受け入れ側である地域との「持続可能な関係性」がより強く求められるようになっています。
さらに近年、この「みる(観戦)」「する(参加)」に続く第3の価値として注目を集め始めているのが、大会運営に自ら関わる「支える」ツーリズムです。
一般的にボランティアや大会運営は「無償の労働力」と捉えられがちですが、これを「お金を払ってでも体験したい特別なプレミアム旅行商品」へと昇華させたユニークな事例が登場しています。
国内で開催されたフィギュアスケートの大型イベントでは、海外に拠点を持つ日本企業と連携し、現地の従業員を運営スタッフ(バックヤード体験)として100名規模で招き入れる特別な旅行パッケージが造成されました。参加者は自費で来日し、大会の裏側を支える運営に携わった後、日本での観光を楽しんで帰国するという仕組みです。
参加した海外従業員にとっては一生モノの特別な体験となり、企業にとっては従業員エンゲージメントの向上につながるなど、旅行者を「お客様」から「当事者(身内)」へと巻き込むこの手法は、「新しい関係人口づくりの形」として強いインパクトを残しています。
日本国内の動き:3庁連携で進む「仕組み化」と誘致の切り札
世界的な潮流に呼応するように、日本国内でも「一過性のイベント」から「継続的な仕組み」への転換が進んでいます。
2026年5月12日、観光庁・スポーツ庁・文化庁の3庁が連携し、「スポーツ文化ツーリズムアワード2026」の公募を開始しました。これは単発の行政イベントではなく、「国内外から日常的に旅行者を呼び込み、地域の経済資源として自立・持続させる仕組み」づくりを後押しする取り組みの一環です。(*5)
日本には、豊かな自然環境を活かしたアウトドアスポーツに加え、柔道や剣道などに代表される独自の「スポーツ文化」という資源があります。これらを一過性のイベントで終わらせず、地域のインフラやサプライチェーン全体の高度化につなげられるかどうかが、今後の地方創生の一つの鍵になりそうです。
こうした「仕組み化」は、大会運営の現場でも少しずつ形になり始めています。クライミングやスケートボードといったアーバンスポーツの分野では、既存の大会を招致するのではなく、国際競技団体(IF)と協議しながら新しいフォーマットの大会をゼロからつくり、特定の地域で毎年開催する取り組みが進められています。福岡県飯塚市で開催されたIFSCクライミンググランドファイナルズ福岡2025や、ワールドスケートボードストリート2025 北九州 -グランドファイナルがその好例です。
これらは「都市部でなくても開催できる大会」を自らつくり出し、単発ではなく継続的なコンテンツとして育てようとする発想であり、地方誘客とスポーツツーリズムを結びつける具体策として注目されています。
さらに、これらの大会運営で行われているサステナビリティやSDGsへの配慮は、環境保全だけでなく、国際大会を日本に引き寄せるための「強力な交渉カード(交渉上の切り札)」としても機能し始めています。
特に環境意識が極めて高いヨーロッパ諸国が主導する国際競技団体(IF)との交渉において、日本側が「すでに環境配慮型の具体的な大会実例や、サステナビリティレポートの実績を豊富に持っていること」は、競合国に対して極めて有利なアピールポイントとなります。
具体的には、以下のような徹底した「資源の循環と地域貢献」のスキームが、海外の交渉担当者からも高く評価されています。
・ミールチケットの配布: 弁当の大量廃棄をなくすとともに、大会関係者や運営スタッフを会場とホテルの往復だけに閉じ込めず、地元飲食店へ送り出すことで、地域消費を促しながら完全なフードロス削減・防止を両立。
・部材のサーキュラーエコノミー: 大会のコース部材を細かく砕いて堆積材として再利用したり、仮設スタンドや壁などの資材を別競技の障害物へ転用。
・モーダルシフトの活用: 鉄道輸送の積極的な活用によるCO2排出量の換算管理の実践。
「持続可能な大会運営」をパッケージとして仕組み化することは、大会の経済的な赤字リスクを防ぐだけでなく、「環境先進国・日本」としてのブランドを確立し、次の国際大会を呼び込むための持続可能な好循環を生み出しています。
今回のテーマに関連するSDGsの目標
・目標3:すべての人に健康と福祉を
参加型スポーツ観光の普及は、旅行者・地域住民双方の心身の健康増進とウェルビーイングの向上に寄与します。
・目標8:働きがいも経済成長も スポーツイベントをハブにした長期滞在や周辺観光の充実が、地域社会に安定的かつ多様な雇用を生み出す可能性があります。
・目標11:住み続けられるまちづくりを 大会開催を契機とした地域のインフラ整備やバリアフリー化、特定の地域で継続開催される国際大会は、住民の暮らしやすさや地域の魅力づくりの基盤になり得ます。
・目標12:つくる責任 つかう責任 仮設スタンド部材の他競技への再利用や、ミールクーポンによるフードロス防止など、限られた資源を無駄にしない持続可能な大会運営モデルを実践します。
持続可能性は、日本の地域活性化の新たな道標に
スポーツツーリズムは、「大会期間中だけ街が賑わえばいい」という限定的なイベントビジネスにとどまらなくなりつつあります。拡大する市場のエネルギーを、地域の自然環境の保全や住民の暮らしの質の向上へどうつなげていくか。その鍵となるのが、地域全体を持続可能な視点で運営する「地域マネジメント」です。
国際的なサステナビリティ基準を取り入れたスポーツツーリズムのあり方は、今後の日本の地域活性化を考えるうえでも、一つの重要な参考になりそうです。
参考・引用
1) UN Tourism「1st UN Tourism Awards for Excellence in Sustainable Sports Tourism powered by FIA」
https://www.untourism.int/1st-un-tourism-fia-awards-for-excellence-in-sustainable-sports-tourism
2) DirtFish「Rally Finland wins sustainability award」
https://dirtfish.com/rally/wrc/rally-finland-wins-sustainability-award/
3) Gulf Daily News Online「Türkiye’s Salomon Cappadocia Ultra Trail achieves top score at UN Tourism Awards」
https://www.gdnonline.com/Details/1380169
4) Expedia Group Blog「New study: How to win big with sports tourism」
https://partner.expediagroup.com/en-us/resources/blog/new-study-win-big-sports-tourism
5) 観光庁「『スポーツ文化ツーリズムアワード2026』の公募を開始します」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/news05_00021.html
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