ヨーロッパで、この夏、異変が相次いでいます。
記録的な酷暑、長期化する干ばつ、各地で発生する山火事。そして、欧州を代表する国際河川の一つであるドナウ川では、深刻な水位低下が起きています。
2026年8月には、ハンガリーのドナウ川で記録的な低水位が確認され、首都ブダペスト周辺などでは川底や中州が大きく露出しました。水位低下は船舶による物流だけでなく、河川水を利用する発電設備にも影響を及ぼしています。ハンガリー唯一の原子力発電所であるパクシュ原発では、ドナウ川の水位低下によって冷却水を確保する条件が厳しくなり、7月末から各号機の出力を段階的に引き下げ。8月2日には、稼働開始以来初めてとなる全4基の完全停止が目前に迫る事態となりました(※1)。その後、ドナウ川の水位が緩やかに上昇に転じ、8月6日時点の報道では、最後まで稼働していた1基が停止を免れ、水位も低下前の水準に向けて回復しつつあることが確認されています(※2、3、4)。ただし本稿執筆時点(8月6日の最新報道時点)でも水位は依然として記録的な低水準にあり、状況は流動的です。同発電所は国内電力供給の重要な部分を担う基幹電源であり、ハンガリーにとっても前例のない事態となっています。
これは、一つの国で起きている局地的な水不足ではありません。「水が足りない」という現象が、エネルギー、農業、物流、産業、生態系、そして人々の暮らしへと連鎖している。いま欧州で起きていることは、気候変動時代の「水の危機」がどのような形で社会に現れるのかを示す、象徴的な事例になっています。

地図制作:SDGs JAPAN PORTAL編集部(Natural Earthの公開データを基に作成)
欧州を覆う「暑さ」と「乾燥」
2026年の欧州では、春から夏にかけて高温と乾燥が目立っています。
欧州の気候を監視するEUのコペルニクス気候変動サービスによると、2026年6月は西欧で記録的な高温となりました。西欧の6月平均気温は20.74℃となり、1991~2020年平均を3.05℃上回って、観測史上最も暑い6月となりました(※5、6)。同時に、西欧から中欧、東欧の広い地域で降水量が平年を下回り、土壌水分の低下が進みました。欧州干ばつ観測所(EDO)も、2026年6月下旬の時点で、ハンガリー、ルーマニア、フランス、ドイツ、オーストリアなどで干ばつの警戒・警報地域が広がっていたとしています(※7)。
今回の特徴は「暑い夏」だけではありません。暑さと乾燥が同時に進行していることが重要なのです。
山火事を拡大させる「乾いた大地」
干ばつが深刻になると、森林や草原の植物、土壌に含まれる水分が減少します。そこに高温や乾燥した空気、強い風などが重なることで、火災が発生・拡大しやすい環境が生まれます。
コペルニクス気候変動サービスは、2026年6月について、欧州の広い地域で乾燥した状態が続き、スペインやフランスを中心に山火事の拡大・激化に寄与したと報告しています(※6)。また、EUの共同研究センター(JRC)が運用する欧州森林火災情報システム(EFFIS)でも、2026年7月末から8月初めにかけて、中央ヨーロッパの一部やトルコなどで火災危険度が非常に高い地域が確認されていました(※8)。
山火事は森林を焼くだけでなく、生物多様性や土壌の保水能力にも影響します。焼失した土地では土壌侵食のリスクが高まり、将来的な水循環にも影を落とします。干ばつが山火事を招き、山火事が生態系と水循環の脆弱性をさらに高める――こうした連鎖が起きています。
「川が干上がる」と社会はどうなるのか
今回、特に注目したいのがドナウ川です。ドイツから黒海へ流れ、複数の国をまたぐ欧州最大級の国際河川で、人々の生活だけでなく、農業、産業、発電、観光、物流など、幅広い経済活動を支えています。
2026年8月、ハンガリーではドナウ川の水位が記録的な低水準となりました。欧州宇宙機関(ESA)が公開したコペルニクス・センチネル衛星の画像でも、ブダペスト北部の河川で水面が大きく後退している様子が確認されています(※9)。水深が浅くなれば、一隻の船が積載できる貨物量を減らさざるを得なくなり、さらに水位が低下すれば航行そのものが難しくなります。
同じ問題はドナウ川だけではありません。ドイツのライン川でも、2026年8月に記録的な低水位となりました。ロイター通信などによると、主要な航行地点であるカウプでは、ドイツ連邦水路・航運局が統計を取り始めた1880年以降で最低となる水位を記録し、貨物船の積載量は通常の2割程度にまで制限されるなど、すでに大きな影響が出ています(※10)。ドイツの内陸水運業界団体(BDB)は、この状態が続けばライン川の中央部で事実上の航行不能区間が生じ、川が「二つに分断される」可能性があると警告しています(※10)。
川は自然環境であると同時に、巨大な社会インフラでもある。その事実が、水位低下によって改めて浮かび上がっています。
水不足が「エネルギー問題」になる
さらに深刻なのが、河川の水が発電にも使われていることです。原子力発電所などでは、設備の冷却に大量の水が必要になる場合があります。
先述の通り、ハンガリーのパクシュ原発は、ドナウ川の水位低下によって冷却水を確保する条件が厳しくなり、8月2日には稼働開始以来初めてとなる4基すべての完全停止が目前に迫りました(※1)。政府は電力輸入や節電の呼びかけで不足分を補う対応を取り、8月6日時点の報道では、水位の緩やかな回復により最後の1基が稼働を継続していることが確認されています(※2、3、4)。もっとも、水位は依然として記録的な低水準にあり、予断を許さない状況が続いています。
これまで「気候変動対策」と「エネルギー安全保障」は、別々の政策課題として語られることが少なくありませんでした。しかし水不足が深刻になれば、「電力をつくるためにも水が必要」という現実が表面化します。水、エネルギー、食料はそれぞれ独立した問題ではなく、互いに結びついているのです。
「水不足」は南欧だけの問題ではない
水不足というと、スペインやイタリア、ギリシャなど南欧をイメージしがちです。しかし欧州環境機関(EEA)によれば、EUでは毎年平均して、国土の約30%、人口の約33%が、少なくとも一年の一部で水不足の影響を受けています(※11)。農業、飲料水、発電、産業などの水需要が集中する地域では、河川流域単位で水資源への圧力が高まっており、問題は南欧に限られません。
EEAは、欧州は世界平均より速いペースで温暖化しており、それによって水不足、干ばつ、洪水のリスクが高まっていると指摘しています(※12)。つまり、問題は「雨が少なかった年だから大変」という一時的なものではなく、水をめぐるリスクそのものが欧州社会の構造的な課題になりつつあるのです。
その裏付けとして、2025年の記録も見ておく必要があります。「European State of the Climate 2025」によると、2025年には欧州で約103万4,000ヘクタールが山火事で焼失し、観測史上最大の焼失面積となりました。また、欧州の河川の約70%で年間流量が平年を下回り、土壌水分についても1992年以降で最も乾燥した年の一つとなっています(※13)。2026年の状況は、突然現れたものではなく、近年繰り返し現れているリスクの延長線上にあるのです。
欧州が始めている「水の使い方」の見直し
では、どうすればよいのでしょうか。重要なのは「水をどう確保するか」だけでなく、「限られた水を、社会全体でどう使うか」という発想への転換です。
欧州環境機関によると、EUで2000~2022年に経済活動のために取水された淡水のうち、発電所の冷却が36%、農業が29%、公共給水が19%、製造業が14%を占め、この4分野だけで98%に達しています(※14)。つまり、水問題の解決には家庭の節水だけでは不十分で、農業の灌漑効率化、工場での水循環利用、発電用水の削減、都市の漏水対策、雨水・再生水の活用、森林や湿地の再生といった取り組みを組み合わせる必要があります。
実際、イタリア・エミリア=ロマーニャ州では、気象データや土壌水分、作物ごとの必要水量をもとに灌漑のタイミングと量を算出するシステム「IRRINET」が、ボローニャ大学などの研究協力のもとで1980年代から運用されています。同州の灌漑面積の2割以上にあたる農地で利用されており、収量を落とすことなく年間約9,000万立方メートル、農業用水需要の約2割にあたる水を節約しているとされます(※15)。EUの「European Water Resilience Strategy」でも、2030年までに水効率を少なくとも10%向上させるという目標が掲げられており(※16)、「水を増やす」のではなく「水を賢く使う社会」へ移行する考え方が、政策レベルでも動き始めています。
SDGsが示す「水の危機」の本当の意味
今回の欧州の出来事は、SDGsの複数の目標が実際には深くつながっていることを示しています。
SDG 2「飢餓をゼロに」――農業は大量の水を必要とするため、干ばつは食料生産に直接影響します。
SDG 6「安全な水とトイレを世界中に」――水資源そのものを守り、持続可能な水利用を実現することが基本になります。
SDG 7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」――発電所の冷却にも水が必要であり、水資源とエネルギー安全保障は切り離せません。
SDG 11「住み続けられるまちづくりを」――酷暑や山火事、水不足に耐えられる都市インフラへの転換が求められます。
SDG 13「気候変動に具体的な対策を」――温室効果ガスの排出削減と同時に、すでに起きている気候リスクへの適応が必要です。
SDG 15「陸の豊かさも守ろう」――森林、湿地、河川などの生態系を守ることは、生物多様性だけでなく、水循環そのものを守ることにつながります。
日本にとっても「遠い欧州の話」ではない
ドナウ川の水位低下を見て、「欧州では大変なことが起きている」と考えるだけでは、この問題の本質を捉えられません。日本もまた、気候変動による降水パターンの変化や極端な高温、渇水リスクへの対応を迫られています。そして日本の社会もまた、農業、発電、工業、物流、飲料水、都市生活、森林や河川の生態系――そのすべてが水を前提として成り立っています。
欧州で起きていることが示しているのは、「水がなくなる」という単純な問題ではなく、「水が足りなくなったとき、社会のどの部分から影響が連鎖するのか」という問題です。だからこそ、気候変動への対応は、脱炭素だけでなく「水のレジリエンス」という視点からも考える必要があります。
「水を守る」は、社会を守ること
2026年夏の欧州では、酷暑、干ばつ、山火事、河川の水位低下が同時に起きています。一つひとつを見れば異なる自然災害に見えますが、その背景には共通する「水」の問題があります。雨が減り、土壌が乾き、火災が起き、河川の流量が減る。その影響は農業や物流、発電にまで及び、最終的には人々の暮らしと経済活動を揺さぶります。
水は、環境問題の一分野ではありません。食料、エネルギー、産業、健康、生物多様性、都市、経済――社会のほぼすべてを支える基盤です。欧州の「川が細くなる夏」は、私たちにその当たり前の事実を突きつけています。
SDGsの2030年目標まで、残された時間は多くありません。気候変動にどう対応するかを考えるとき、これからは「CO₂をどれだけ減らすか」だけでなく、「限られた水を、どう守り、どう使い、どう次世代へ引き継ぐのか」という問いにも向き合う必要があります。欧州で起きている「水の危機」は、その問いを私たちに投げかけています。
参考・引用
※1)Al Jazeera
「Hungary plans to shut down only nuclear power plant amid drought」(2026年8月2日)
https://www.aljazeera.com/news/2026/8/2/hungary-plans-to-shut-down-only-nuclear-power-plant-amid-drought
※2)Balkan Insight
「Hungary Narrowly Avoids Full Nuclear Shutdown」(2026年8月4日)
https://balkaninsight.com/2026/08/04/hungary-narrowly-avoids-full-nuclear-shutdown/
※3)Hungarian Conservative
「Last Paks Turbine May Continue Operating until Tuesday, PM Says」
https://hungarianconservative.com/
※4)Euronews
「Magyar optimistic about Paks nuclear power station restart as Danube water levels rise」(2026年8月6日)
https://www.euronews.com/
※5)World Meteorological Organization(WMO)
「Western Europe has hottest June on record」
https://wmo.int/news/media-centre/western-europe-has-hottest-june-record
※6)Copernicus Climate Change Service(C3S)
「Intense heatwave brings hottest June in western Europe, as month ranks second warmest globally」
https://climate.copernicus.eu/
※7)European Commission / Joint Research Centre(JRC)
「Current drought situation in Europe」
https://joint-research-centre.ec.europa.eu/
※8)European Commission / Copernicus Emergency Management Service
「European Forest Fire Information System(EFFIS)」
https://effis.jrc.ec.europa.eu/
※9)European Space Agency(ESA)
「Danube’s waters fall to record lows」
https://www.esa.int/Applications/Observing_the_Earth/Copernicus/Danube_s_waters_fall_to_record_lows
※10)Reuters
「German shippers warn Rhine could be ‘split in two’ by low water」(2026年8月10日)
※11)European Environment Agency(EEA)
「Use of freshwater resources in Europe」
https://www.eea.europa.eu/en/analysis/indicators/use-of-freshwater-resources-in-europe
※12)European Environment Agency(EEA)
「Water and climate impacts」
https://www.eea.europa.eu/en/topics/in-depth/water-and-climate-change
※13)ECMWF(European Centre for Medium-Range Weather Forecasts)
「European State of the Climate 2025 report published」
https://www.ecmwf.int/en/about/media-centre/news/2026/european-state-climate-2025-report-published
※14)European Environment Agency(EEA)
「Water savings for a water-resilient Europe」
https://www.eea.europa.eu/
※15)European Commission, Climate-ADAPT
「IRRINET: IT irrigation system for agricultural water management in Emilia-Romagna, Italy」
https://climate-adapt.eea.europa.eu/
※16)European Commission
「European Water Resilience Strategy」
https://environment.ec.europa.eu/topics/water/water-resilience-strategy_en
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