大西洋に、世界の気候を支える巨大な海の流れがあります。その流れが、これまで考えられていた以上に弱まるかもしれない――。2026年4月、そんな研究が発表されました。研究によると、今世紀末までに流れの強さが約51%(およそ半分)も弱まる可能性があるといいます(※1)。
もし流れが止まるほどの事態になれば、ヨーロッパの大寒波や干ばつ、アメリカ東海岸の海面上昇など、世界各地の気候に深刻な影響が出るおそれがあります。さらに、海にたまっていた炭素が空気中に出て、地球温暖化を一段と進める可能性も指摘されています(※2、※5)。
CNNは、約1万2000年前に起きたこの海流の崩壊が再び発生すれば、大混乱をもたらすだろうと報じています(※2)。
海の流れが変わるだけで、なぜ世界の気候が変わってしまうのでしょうか。

世界の気候を左右する「海のベルトコンベアー」
この海の流れは、「大西洋子午面循環(AMOC:Atlantic Meridional Overturning Circulation)」と呼ばれています。長い名前なので、この記事ではAMOC(アモック)と書きます。
しくみは、次のとおりです。まず、南から暖かい海水が北へ流れていきます。北の海で冷やされて重くなった海水は、深い海へ沈みます。そして、深い海の底を通って、南へ戻っていきます。この大きな循環が、熱を運ぶ「ベルトコンベアー」の役目を果たし、各地の気候に大きな影響を与えています(※3)。
循環を動かしているのは、海水の「重さ」の違いです。冷たくて塩分の濃い水は重く、深く沈みます。ところが、地球温暖化で海水があたたまり、グリーンランドの氷がとけて真水が流れ込むと、海水が軽くなります。すると沈み込みが弱まり、ベルトコンベアー全体の動きがにぶくなる可能性があるのです。
動きがにぶれば、熱の運ばれ方が変わります。その影響は、雨の降り方や海面の高さ、地球全体の熱と炭素の流れにまで及びます。
崩壊すると、何が起きるのか
AMOCが大きく弱まったり、止まったり(崩壊)した場合、何が起きるのでしょうか。
まず心配されるのが、ヨーロッパです。暖かい海水が運ぶ熱が減ると、北西ヨーロッパを中心に、気温が大きく下がるおそれがあります。地球全体は温暖化しているのに、一部の地域だけが寒くなる。そんな不思議な変化が起こり得るのです。
寒くなるだけではありません。2025年に発表された研究では、AMOCが崩壊すると、ヨーロッパで雨が減り、夏の干ばつが強まる可能性が示されました(※4)。アメリカ東海岸では、海面が上昇するおそれもあります。アフリカの広い地域でも、干ばつが長引くおそれがあります(※2)。農業や水の確保、生き物のすみかなど、私たちの暮らしに広く影響しかねません。
さらに、2026年3月には、別の心配も報告されました。崩壊すると、海にたまっていた炭素の一部が空気中に出てしまい、二酸化炭素が増える可能性があるというのです。この影響だけで、地球の平均気温がさらに約0.2℃上がると見積もられています(※5)。
つまり、崩壊は一部の地域を寒くする一方で、地球全体の温暖化を進める力にもなりえます。
ただし、これらは「崩壊した場合」を想定したコンピューターシミュレーションの結果です。いつ起きるのか、どれくらいの規模になるのかは、まだ決まっていません。それでも、起きたときの影響が大きいことは、深刻に受け止める必要があります。
今世紀末までに約51%弱まる、という見通し
この心配を強めたのが、2026年4月に学術誌『Science Advances』に発表された研究です。研究チームは、複数の気候シミュレーションに、実際に観測された海水温や塩分のデータを組み合わせて、AMOCの将来を見積もりました。
その結果、一定の温室効果ガスの排出が続く場合、AMOCは今世紀末までに約51%弱まると推計されました。これまでの複数のシミュレーションの平均は約32%の低下でした。新しい見積もりは、それを大きく上回っています(※1)。この結果を受け、研究に関わっていないドイツの海洋学者は、今世紀半ばにも「転換点」を超え、崩壊を食い止められなくなる懸念が高まると指摘しています(※2)。
ここで注意したいのは、「約51%弱まる」ことと「崩壊する」ことは別だという点です。約51%は、ある条件のもとでの今世紀末の弱まり方であって、崩壊する確率を示す数字ではありません。完全に止まるのかどうか、止まるならいつなのかは、まだ大きな謎として残っています。
国連の専門家組織「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、報告書の中で、AMOCは21世紀を通じて弱まる可能性が非常に高いとしています。一方で、2100年までに急に崩壊することはないとみていますが、その確かさ(確信度)は「中程度」にとどまります(※6)。
近い将来に必ず崩壊する、という話ではありません。けれども、可能性を完全には否定できず、起きれば影響が非常に大きい以上、軽く見ることもできません。
海の変化を、気候変動対策の視野に入れる
この研究が教えてくれるのは、気候変動の影響は、気温が上がることだけではない、ということです。海の流れが変われば、地域ごとの気温や雨、海面の高さ、空気中の二酸化炭素の量にも影響が及びます。
しかも、温暖化が海の流れを弱め、その変化がさらに気候をゆさぶるという、連鎖が起こりえます。将来には不確かな部分が残りますが、影響が広い範囲に及ぶ以上、海の変化を観測し続け、予測の精度を高めることが欠かせません。
あわせて、温室効果ガスの排出を減らし、温暖化をできるだけ抑えることも大切です。海の流れのことを知ることは、将来の気候リスクに備える第一歩になります。
大西洋の海流は、遠い海の中だけの出来事ではありません。ヨーロッパの気候、アメリカの海岸線、そして地球全体の温暖化につながっています。海のベルトコンベアーが弱まるかもしれないという話を、私たちの暮らしと地球の未来に関わる問題として、考えてみる必要があります。
参考・引用資料
(※1)Portmann et al.(2026), “Observational constraints project a ~50% AMOC weakening by the end of this century,” Science Advances
https://doi.org/10.1126/sciadv.adx4298
(※2)CNN.co.jp「大西洋の重要な海流循環システム、想定よりも崩壊に近い恐れ 新研究」
https://www.cnn.co.jp/fringe/35246559.html
(※3)NOAA, “What is the Atlantic Meridional Overturning Circulation (AMOC)?”
https://oceanservice.noaa.gov/facts/amoc.html
(※4)van Westen et al.(2025), “Changing European hydroclimate under a collapsed AMOC in the Community Earth System Model,” Hydrology and Earth System Sciences
https://doi.org/10.5194/hess-29-6607-2025
(※5)Nian et al.(2026), “Collapse of the Atlantic meridional overturning circulation would lead to substantial oceanic carbon release and additional global warming,” Communications Earth & Environment
https://doi.org/10.1038/s43247-026-03427-w
(※6)IPCC, Climate Change 2021: The Physical Science Basis, Chapter 9: Ocean, Cryosphere and Sea Level Change
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/chapter/chapter-9/
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