京都大学iPS細胞研究財団の広報グループ・中上依美里
聞き手:未来投資研究所 青山あきら
2022.4.28
京都大学iPS細胞研究財団の広報グループに所属しておられる中上依美里さんに、SDGsの観点から財団の活動についてお伺いしました。1時間余りにわたるインタビューは中上さんと聞き手の対話形式で進みましたが、この記事では聞き手の質問に沿って、中上さんお一人がお話しされている形で、7,000字ほどの内容に編集してお届けします。
(1)iPS財団について
• iPS細胞(induced Pluripotent Stem cell:人工多能性幹細胞)
• iPS財団の成り立ちと事業内容
• iPS財団のストックを使った実績
(2)iPS財団のユニークさ
• iPS細胞のストック事業とは
• 3種のiPS細胞
1.他家移植
2.ゲノム編集
3.自家移植
(3)SDGsの観点から
• 1.<SDGs目標3>すべての人に健康と福祉を:治療費をできるだけ抑える
• 2-1.目標17[パートナーシップで目標を達成しよう]:共同研究でiPS細胞技術の実用化を目指す
• 共同研究:iPS細胞ストック提供で参入障壁を減らす
• 企業とのパートナシップに対する
• 2-2.目標17[パートナーシップで目標を達成しよう]:財団への寄付
(4)今後
(5)読者に伝えたいこと
(6)エピローグ:子どもたちへの想い
• 財団から
• 中上依美里さんから
(1) iPS財団について
iPS細胞(induced Pluripotent Stem cell:人工多能性幹細胞)
iPS細胞というのは、当財団の理事長である山中伸弥らの研究グループによって2006年に初めて樹立の成功が論文発表された細胞で、ほぼ無限に増殖ができ、あらゆる細胞へ変化することができるという二つの大きな性質があります。
その性質を利用して、iPS細胞から体の神経細胞や心筋細胞などを作り、それに例えば薬を振りかけて薬の効き目を調べるというような形で薬の開発を行ったり、作った細胞を移植するような形で再生医療に使うことができます。
iPS財団の成り立ちと事業内容
当財団は、公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団(CiRA_F:サイラF)と言います。理事長は、2006年にマウスiPS細胞の樹立を、2007年にヒトiPS細胞の樹立を発表して、2012年にノーベル生理学医学賞を受賞したことで有名な山中伸弥です。
もともと京都大学iPS細胞研究所(CiRA:サイラ)があり、革新的な基礎研究と次世代研究者の育成、生薬の研究、論文の執筆などを行うとともに、iPS細胞の製造とストックも行ってきましたが、その中でiPS細胞の製造とストックの部分を中心に、切り離して独立をしたのが当財団です。
その事業内容は、iPS細胞の製造や品質評価、保管や管理、iPS細胞を医療応用するための研究開発などを行っており、iPS細胞を良心的な価格で産業界に橋渡しする役目を担っています。 この橋渡しによって産業界の皆さんにちゃんと渡り切れば、iPS細胞を使った再生医療もより加速して行くと思います。
施設はこのようなところで、これは医療用のiPS細胞を使っているところですけれども、このような形で完全にクリーンな状態で作業しています。
iPS財団のストックを使った実績
サイラの時代、2015年の8月に第一号のiPS細胞ストックを提供して以来、今は国内だけでなく海外の企業にもストックを提供しています。
当財団のストックを使った実績は当財団 のウェブサイトに公表しています。その詳細に関しては、このストックを使用してどのような疾患で、どのような医療機関で、臨床研究だったか治験だったかということも当ウェブサイトに公表しています。
(2)iPS財団のユニークさ
iPS財団のユニークさと言いますと、これ はもう、当財団のiPS細胞ストック事業自体がユニークなものであるというふうに思っています。
iPS細胞のストック事業とは
iPS細胞が樹立された当初の考えというのは、患者さん自身の細胞からiPS細胞を作って患者さんの治療に必要な細胞に分化をさせて、患者さん自身に投与するという方法です。こうすれば免疫拒絶のリスクを最小限に抑えることが出来てオーダーメイド型の医療が提供できると言うことです。
ただそうすると、洋服に例えますと 常にオーダーメイド服をその都度患者さんが必要になった時に作るというような形になるので、時間とコストが大変かかってしまいます。そういったことから既製品の服を準備しておいて、必要な方がきた時にすぐ購入いただけるといったイメージに近いんですけれども、予め汎用的なiPS細胞を作ってストックしておいて、必要な研究機関や医療機関にすぐに提供できるシステムを作ろうというふうに考えて始めたのがiPS細胞のストック事業です。
3種のiPS細胞
1.他家移植
これはどんな血液でも良いというわけではなくて、多くの方にとって免疫拒絶反応が起きにくい特殊な免疫型の組み合わせを持っているドナーさんがおられ、その方を日本赤十字社、日本骨髄バンク、さい帯血バンクなどのご協力を得て探し出して血液を採取させていただいて、そこからiPS細胞を樹立して、ストックをしているということがあります。
現時点で当財団が準備しているストックを使いますと、日本人の40%がカバーできるというふうに言われています。
2.ゲノム編集
次に日本人の残りの60%および世界の大半をカバーして行くために、現在持っているストックにゲノム編集を加えて「ゲノム編集iPS細胞ストック」というのを今作っています。既に研究用は提供していますが、臨床用に関しては2023年中に提供できるように準備を整えているところです。
3.自家移植
そして最後に、当初考えていた患者さん自身の細胞からiPS細胞を作り、医療機関に提供するというプロジェクトですね、これを「マイiPS®プロジェクト」と呼んでいますが、これも実現ができるように今研究開発を進めているところです。これはやはりオーダーメイド型医療でかなり高額になり、また時間がかかってしまうことから、その課題を解決するために今細胞の自動培養装置などの研究開発を進めており、2025年頃には低価格でそしてより早くiPS細胞が製造できるようにと準備を進めているところです。そのために大阪の未来医療国際拠点に場所を借りまして、そこでマイiPS細胞の製造施設を作りたいと今準備を進めているところです。
(3)SDGsの観点から
SDGsの観点からは、主に二つの目標とユニークな方法で関連していると思います。
- <SDGs目標3>すべての人に健康と福祉を:治療費をできるだけ抑える
日本で生まれたiPS細胞! まさしく宝物ですけれども、これを最終的に患者さんのもとに届く時に費用をできるだけ抑えて、誰でもその治療が受けられるようなものにしていただきたいという考えを根本に据えてストック事業を展開しています。
これはSDGsの目標3[すべての人に健康と福祉を]の実現に向けて、非常にユニークな基礎を与え得ると思っています。
ストック事業は、おそらく通常にこれを作っていると、人件費だけでも本当に莫大な費用がかかります。採血をしてからiPS細胞を作る段階である一ラインといいますか、一製造ですね、だいたい4,000万円かかるというふうに言われています。
なので、通常、製造してそれを販売するという形にすると、大変な利益を得ることができるものでもあると思うんですけれども、当財団では公益性と、やはり最終的に患者さんのもとに届く時に費用をできるだけ抑えて、誰でもその治療が受けられるようなものにしていただきたいという考えがあって、ほぼ実費だけをいただいて提供させていただいているという背景があります。研究所ですとチューブ一本が5万円、また、臨床用ですと、医療現場で使用可能なグレードの、品質を担保した状態で出すものですけれども、それを一本10万円で提供しています。臨床用のiPS細胞は、患者さんの治療に必要な細胞に分化させて、移植に使用されることになります。
2-1.目標17[パートナーシップで目標を達成しよう]:共同研究でiPS細胞技術の実用化を目指す
当財団は作ったiPS細胞を安く研究機関や企業さんに届けています。iPS細胞については、過去にはずっと基礎研究が進められている状況だったんですけれども、今はもうすでにさまざまな病気に関して治験が行われており、実用化までのステージに変わってきています。今はそれを企業さんにバトンタッチして実際に製品化するようなところにきています。そのためにも企業さんとは密に連携を取っていく必要があり、そういった面で当財団は公益財団法人である「橋渡し」という役割を果たすことができていると思っています。
共同研究:iPS細胞ストック提供で参入障壁を減らす
当財団のストックの提供は、企業に対しては費用を頂いてというような形で提供していますけれども、販売という形ではなくて共同研究という位置づけにしています。つまり、こちらは低価格でストックを提供させていただいたり、いろんなサポート、共有できる情報があればなんでも公開させていただくんですけれども、企業さんの方でも得られた知見はこちらの方にフィードバックをして頂いて、それをまたiPS細胞技術をより発展させるために活用させていただくということになります。
また、競合同士の会社というのもありますので、そこの会社同士で情報共有というのがなかなか難しいと思うんですけれども、各企業間で、例えば当局に申請を出す時にしておくべき事ですとか共通する事項というのは多々あります。それを当財団の方で共有しても良いとご了解をいただいたことについては各企業さんに共有させていただいています。そういった意味でもパイプ役となって医療応用の促進に貢献できているというふうに思っています。そこはまずパートナーシップをしていくための一番の意義と言いますか、重要な点かと思っています。
また、共同研究を推進している企業さんですとか研究機関の皆さん、ストックの提供先の方々と年に一度必ず情報共有会というのを行うようにしています。その中で例えば細胞培養する際に今どんな工夫をしているかとか、お互いにこんな状況の時にはどういうふうな対策をしているかとか、どんな培地を使っているかとか、そういった情報共有の場を設けて、そこでも議論していただくような形にしています。
今も共同研究を常に募集しています。よくどんな技術を求めているんですかというふうにご質問頂いたりもするんですけれども、私たちがこの技術がいると思っていても、実は全く関係なさそうな技術が私たちの実用化には必要であったということもあり得るので、あまり限定しすぎずに企業さんの方からこの技術はどうですかというふうにご提案もいただきたいと思っています。
企業とのパートナーシップ
当財団からiPS細胞ストックを提供させていただいたり、一緒に共同研究をしたりしている企業さんにお声がけし、2022年2月にP.S. i LOVE YOU PROJECTという、各企業さんの思い、iPS細胞技術を実用化し、あたりまえの医療にしていく上での仕事にかける思いというのをまとめているサイトを作ったんです。
それを作るにあたって企業の皆さまと話をする機会があって、その時におっしゃっていたのは、私たちは企業同士なので、どうしても共有できないこと、競争していかないといけないところもあるんだけれども、やはり私たちの願いは患者さんにいかにしてこの技術を届けていくかというところ、そこの方向性は一緒だという話をしておりまして、そういう意味ではもちろん難しいところもあるけれども、やはり可能な限り協力をしあって同じ方向を向いて取り組めたらというふうに話しておられました。
その一環として情報を個別でバラバラとこれまで発信してきたところ、やはりひとつ一致団結してワンチームとして情報発信をしていくことによって、世の中の皆様に応援していただくそのムーブメントを作っていきたいということでこのプロジェクトを立ち上げました。そういったところからも、企業さんの方も、やはりみんなで協力してやっていきたいと。その一環として情報発信はまず一緒にやって行くという形で、お話ししたP.S. i LOVE YOU PROJECTを開始させていただきました。
患者さんに届けたいという思い、そこがものすごく共通しているというのは、企業さんもそうですし、当財団内部で話していてもそこがぶれないというのが、私は当財団に着任して素晴らしいなあと、手前味噌で恐縮ですが、思っています。製造している現場の者にも最近ちょっと話を聞く機会があったんですけど、仕事をしていて一番やりがいを感じるところは何ですかと聞いたら、やっぱりそれは患者さんに自分たちが作った細胞が最終的にその分化細胞になって投与されて、その後体調に問題がなかった、そういう話を聞くと一番やってよかったというふうに思うと申しておりまして、やはり患者さんですね。
2-2.目標17[パートナーシップで目標を達成しよう]:財団への寄付
当財団は、サイラと違って完全に新しい組織であり、やはり認知度が無いのでどうすべきかというところがまずありました。もちろん寄付というものを身近に感じていただきたいと言うところもあって、広告を出しているというふうに社会連携室の担当者が話しておりました。
例えば国際協力や自然災害への被災者への寄付 ですとかはすごく身近に感じやすいんですけれども、研究に対する寄付っていうのはなかなかまだ身近になりきっていない。研究や製造を行う組織でも寄付を募集しているということをまず身近に知って頂くということですね。やはり研究に寄付というとものすごくハードルが高いようなイメージがあります。
この寄付活動の意義として、やはり皆さんと一緒に医療を発展させていきたいというところがすごくあります。
当財団がサイラから分離するときに、日赤さん等のご協力を得るためには株式会社ではちょっと難しいというところもありましたし、やはり各企業に、こちらとしてはどこかに肩入れするのではなくて公平に当財団の持っている提供できる情報はすべて提供したいと思っておりますので、そういう公平性を考えた時にやはりそのポジションを守ることができるのは公益財団法人だということになりました。
そうすると利益を追求し続けるということではないので、やはりその中でご寄付を皆様にお願いするということを考えました。
ただ、そこも少しでも皆さまに一緒に参加していただければと言うふうに思っていまして、やはり社会貢献をしたいというその思いを形にすると言うのは、寄付の一つの意義だと思っております。そして、それを納得した形で実現していただくというのは当社会連携室が常に日頃から気を付けているところです。
(4)今後
やはり一人でも多くの患者さんに、またなるべく早く、iPS細胞技術を届けたいと思っておりますので、マイiPSプロジェクトの推進につながります。今は一人のドナーさんの血液からiPS細胞を樹立するのには年間3ラインが精一杯の状況なんですけれども、これをそれぞれの自動培養装置を作ることによって、年間で千人分のiPS細胞にできればというふうに考えています。その為には、まだまだ技術開発中のところですが、あとはそれをどのように医療制度に落とし込んでいくのかと言うのは、またいろんなところとのご協力が必要になってくるんですけれども。
また、マイiPSができたらほかのiPS細胞ストックが必要なくなるかと言うと、そうではなくて、その疾患によって、たとえば患者さんの血液からiPS細胞を作った場合、そのiPS細胞も病気を持っている可能性があって、そういう方には既存の健康なドナーさんから作られたストックの方が良い場合もあると思います。特殊な免疫型をお持ちの患者さんの場合はどうしてもマイiPS細胞じゃないといけないという方もいらっしゃると思いますし、これはそれぞれの医療機関との連携になってくると思いますけれども、どの患者さんにどういったiPS細胞が適切かというのをご判断いただいて一番いい形で使っていただければというふうに思います。
このように今後は、マイiPS細胞、iPS細胞ストック、ゲノム編集iPS細胞ストック、の3本の柱でやっていきたいというふうに思っています。
(5)読者に伝えたいこと
まず日頃皆様に応援していただいていることにお礼を申し上げます。そして、より一層応援していただきたいということもあります。
その応援というのは何かというと、もちろんご寄付という形でいただけることにもすごく感謝しております。それに加えて、より一層私たちの活動に関して少しでも耳にしたことをお知り合いの方でも友達の方でも話していただきたいと思っております。
そういったことからも、先ほど申し上げたP.S. i LOVE YOU PROJECTいうのも、2022年の2月に立ち上げました。いろんな企業さんと連絡を取り合って、私たちだけではなくて、橋渡し先の企業さんがどのような活動をしているのかというのもぜひ知っていただいて、こう国をあげてと言いますか、本当に皆さんで新しい医療を作り上げていくんだという気持ちで、少しでも応援していただければというふうに思っております。
(6)エピローグ:子どもたちへの想い
財団から
iPS細胞の樹立が発表されてから、15年余りが経ちました。
研究成果が実際の治療法として普及するためには、数十年という長い時間がかかることが多いのですが、iPS細胞に関しては、すでに10を超える様々なプロジェクトで臨床研究や治験が行われています。このように私たちはiPS細胞技術をあたりまえの医療にしていくために一つひとつの課題をクリアしながら活動しています。
皆さんが大人になるころには、今は「治せない」と言われている病気の治療法が、実用化されている例も増えていると思います。
そのような未来を目指して、ぜひ将来の進路の選択肢として、iPS財団の活動に興味を持っていただけたら嬉しいです。
中上依美里さんから
私は理科や算数が大の苦手で、国語や芸術が好きな子どもでした。大学時代に山中理事長がノーベル賞を受賞したニュースを読んですごいなと思っていましたが、その取り組みと自分の将来がリンクする日が来るとは思ってもいませんでした。
自分は文系、理系の事には関われない、と真っ二つにしか考えていなかった当時の自分に、「もっと未来にはいろいろな可能性があるよ」と伝えたいです。
広報担当者として、今はまだまだ学ぶべきことばかりですが、iPS細胞の技術の進歩や取り組みについて、こうして皆さんに伝えられることに毎日喜びを感じています。
皆さんが好きなことと、感銘を受けたこととがかけ離れているように思えたとしても、その2つをつなぐ分野が世界にはたくさんあると思います。
ぜひ多くのことを自分のこととして考えてみてください。
<本記事内のすべての図表は、公益財団法人 京都大学iPS細胞研究財団の許可を得て、使用しています。>
公益財団法人 京都大学iPS細胞研究財団 CiRA_F
https://www.cira-foundation.or.jp/j/
P.S. i LOVE YOU PROJECT
https://www.cira-foundation.or.jp/ps-i-love-you/project/index.html