青柳幸利氏 (AY)
未来投資研究所:青山あきら (聞き手 AA)
運動、特に歩くということが、健康維持にとって重要であることは、広く認識されていますが、このことに対する確固たる科学的根拠を与えたパイオニア的研究の一つに、「中之条の奇跡」と呼ばれ、日本はもちろんのこと、世界中に多大な影響を与えた研究があります。この研究は、群馬県中之条町の65歳以上の全ての住民に対して、20年以上にわたって、現在も継続して行われている疫学的研究で、運動量とほとんど全てのメジャーな病気の間にあるおどろくべき関係が明らかにされました。本日は、科学的研究のSDGsにおける役割に注目して、この中之条における疫学的研究を率いておられる東京都健康長寿医療センター研究所の青栁幸利先生に、お話を伺います。
【そのI】 群馬県中之条町
【そのII】 研究遍歴
スポーツ医学
湾岸戦争とカナダでの研究
コソボ問題でアメリカでの就職内定取り消し
帰国
東京都老人総合研究所:自然科学から社会科学へ
故郷で疫学研究
【そのIII】 中之条研究
生活習慣を活動計で測るという独創的研究
日常生活の数値化:2つの軸で人間の行動を表現
最初の発見
日常身体活動と病気の関係
病気の発症のメカニズム
病気の予防法
老化と活動量と病気の間の因果関係
老化のコントロール
比較するという科学の原則
【そのIV】 SDGs
【エピローグ】
III 中之条研究
AA: 先生のご研究の成果を、まとめていただければありがたいです。
生活習慣を活動計で測るという独創的研究
AY: (STEAM教育の一環である群馬県立吾妻中央高等学校でのセミナーで使った図を参照しながら)こういう目的(図−1)と研究方法(図−2)、測定項目(図−3、4)で20年間やってきました。
図1
図2
図3
図4
特に重要なのが、図―4の測定項目の⑤「身体活動調査」なんですけど、できるだけ、客観的なデーターで、日常生活をモニターしようということが、最大の目的の研究になってます。最初は、500人、600人で、始まったんですけど、それから、どんどん、活動計(図−5)を付ける方を増やしていって、ずーっと、今、20年経って。
図5
こういう活動計をつけるというのが、色々な医療研究、世界中で有名な研究があるんですが、こういうふうに、生活習慣ていうのを、客観的に把握している研究っていうのは、多分、私たちだけしかないのかなあ、というふうに思います(図−6)。
図6
日常生活の数値化:2つの軸で人間の行動を表現
具体的にはですね、こんな時系列のデータ(図−7)があって、これ(日常生活)をどうやって、数値化するかってところを、苦心しまして。
図7
よくよく考えると、人間の生活行動っていうのは、一番最初におっしゃっていただいた通りなんですよね。歩く、っていうことが基本になります。普通の一般の方であれば、歩くことによって、移動しますし、歩くことによって、色々な、行動が完結するということになるので。簡単に言えば、人間の行動の量を測るのには、何回ステップを踏んだか、っていうこと、それが移動を伴うであろうが、その場での足踏みであろうが、なんでもいいんですが、とにかくステップを踏んだ回数が多ければ多いほど、それに比例して、エネルギー消費量も増える、と、いうこと。
で、その中で、特に、ステップを踏む強さ、っていうのが、とても大事で、心肺機能にある程度刺激が加わらないと、あるいは、筋肉に対しての刺激、骨に対しての刺激がないと、運動効果っていうのは得られませんので、それを、こう、2つの量として、スッテップの数、歩数、そして、その中で、ある程度一定の体に良いとされている、代謝を伴う活動をしている時間、というふうに、2つの軸で、人間の行動を、ほとんど全て表せるだろうと、いうところから、こういうグラフを作りました(図−8)。
図8
そして、人間の行動は、普通に生活をしている方は、4つの分類ができるとわかってきた。そして、一番低い、この斜線が、閉じこもっている人たちで、家の中で生活する、ま、上限が4000歩、中強度(の運動)5分、ということなんですが、その中でも、もう、ほとんど活動しないっていうような方達が、この2000歩以下で。ま、大きく分ければ、一般的に普通に生活している4つのグループと、特に閉じこもってしまっている、1つのこの黒いグループ、この、5つのグループに分かれて。
普通に生活していると、自然に、運動しようがしまいが、関係なく、老若男女問わず、みんなこのライン上で、春夏秋冬、あるいは、今日、明日、明後日というふうに、変動はしますけど、このライン上で生活することが、わかってきました。
で、その中でも、病気の発症というのが、その活動の量としての組み合わせで、発症が違いがあるかどうか、っていうことが興味があってですね。20年前に始めた時は、まあ、ある程度の活動の量と質が伴う生活さえできていれば、大体病気ってのは予防できるんじゃないか、ていうような漠然とした仮説を持っていたんですが。
最初の発見(図9)
図9
2006年だったかな、7年ぐらいに、論文の1本目が出始めたんですが、その時に、メタボリックシンドロームと、骨粗しょう症と、それから、東大心療内科に手伝ってもらっている、鬱の関係という、この全然違う3つの種類の病気の発症と、活動量との関係というので、分析をしました。
で、私自身がもうこういうふうに、同一の自治体で、同じ対象者で、同じような条件を持っている人たちで、活動量だけ違う生活になった場合に、どんな病気の発症があるのか、っていうことが知りたかったもんですから、同じ統計学的な手法で、全て、同じ対象者を、あと、同じ時期に、分析をする、っていうようなことで、マニュアルを作って。たくさんの方々が研究に参加してくださったんですけど、そういうマニュアルを配って、それぞれ分析をしてもらった結果、最初に論文として、ほぼ同時に、論文ができたのが、メタボと、骨粗しょう症と、鬱。
で、面白いのは、ここで、3000歩づつの差で、病気の発症がそれぞれ変わってくるということが、わかったんです。でも、同じ地域に住む、同じ対象者、データベースが同じで、栄養状態もほぼ同じで、気象条件も同じで、で、おそらく、田舎の街なので、遺伝的な要素も、都会よりもかなり似通った要素を持っているに違いない、そういうような状態で、活動量だけが3000歩違うグループで、分析をした時に、それぞれの病気の発症が違うかどうか、というところが、興味があって、見事に、こういうふうに結果が出ました。
日常身体活動と病気の関係(図−9)
人間の行動パターンを、数学的にかなり分析して、一週間の曜日の影響を受ける周期を持っているとか、季節の変動を受けているとか、数学的な、スペクトル解析などをして、数学的にかなり分析が終わって、まとめた行動分析に基づいて、病気を、それぞれ、当てはめていくと、それぞれの病気が、このラインを超えると、メタボリックシンドロームの発症が、10分の1以下の確率ぐらいまで落ちる、抑えることができると。で、骨粗しょう症が、7000歩、(中強度活動:早歩き)15分を超えると、やっぱり、骨粗しょう症の発症が、10分の1以下の確率になる。10人骨粗しょう症の患者さんがいれば、1人は7000歩15分よりも多く活動している人にも見られるんですけども、9人以上は、7000歩15分未満の生活をしている人で、発症する方がほとんどだったんです。
で、鬱の場合は、この、閉じこもっている方にほとんど、鬱の発症が集中して、4000歩5分の、閉じこもらない、外に出る生活をする方で、鬱になる方は、ほとんどいなかった、というような。
そういう風に、同じ地域で、同じ対象者で、同じような遺伝的な要素、同じような食生活、気象条件、様々な条件を、同じような条件を持っている中で、活動量が違うことによって、病気の発症の違いが、見つかった、と、いう、これが、中之条研究で、一番中心になる研究かな、と。
で、メタボ、骨粗しょう症、鬱が決まって、その間に、当然、糖尿病があったり、高血圧があったり、脳卒中、心筋梗塞、癌とか、いろいろなものが、こう、あるわけですけども、それを1つ1つ、丸々20年かかって、今、寿命との関係も、7000歩15分、8000歩20分のところを超えると、劇的に、寿命が延びる、っていうようなことも、わかってきた、っていうことです。
病気の発症のメカニズム
一つ一つの病気に、それぞれ、発症するところ(運動量)と病気の発症との関係が、わかってきたところで、ちょっと、説明、あの、理屈をつけると、こうなるのかなあ、と思うんです。
(図―9の直線を、右上から左下に、ずーっと移行しながら)まず、とにかく、誰もが、メタボに関係することで、まあ、40を超えて、多分、気になって悩み始めるんだと思うんですが、そこから、長い年月がたって、10年、20年のスパンで、例えば、40で、ここで、一つの発症の起点とすると、60歳ぐらいのところで、まあ、薬を飲むかどうか、っていうような人が、ずいぶん、分かれ目がでてくるんだと思うんですね。で、この糖尿病だとか、高血圧みたいなものを、ほっておくと、動脈硬化が進む。ここもまた、60から70とか、こう、年月が経って、動脈硬化がどんどん進んで行って、ここで、ずーっと、活動量が高いまま、推移してくれていれば、これ以上、動脈硬化が進むことはあまりないんだと、思うんですが、ここからまた年月が経っていくと、少しづつ活動量が、こう、減少していくにつれて、動脈硬化が元で、脳卒中、脳が詰まった時に、脳梗塞、で、心臓で詰まった時に、心筋梗塞、で、脳に詰まった時には、血管性の認知症を発症し、寝たっきりで、ゼロゼロの組み合わせで、死亡と、いうふうな、そういうふうに、メタボから始まって、動脈硬化を経て、最終的に、要支援、要介護につながるような、脳卒中、心筋梗塞、そして、寝たきり、という風に、長い年月をかかって、活動量が低下しながら、血管が詰まる、硬くなる、ということを中心に、病気が重症化してくる、というようなことが、このグラフから言えるんじゃないかなあ、ってことなんですよね。
病気の予防法(図−10)
図10
で、これが、分かった時点で、要は、もう、これで、世界中の人たち、全員、健康で、長生きをしてほしい、というのが、一つ、希望がありますので、もう、具体的には、活量計を、世界中の人、まあ、予算の問題もあるかもしれませんが、みんなに配って、そして、この目標とする、病気のラインを超えて、日々の生活を、設計していただく、組み立てていただくと、ここに掲げてあるような病気は、それぞれ、予防できる可能性が、かなり高まる。そういうことが、この研究で、だんだん、わかってきた、そんな感じの、研究になってます。
老化と活動量と病気の間の因果関係
AA: 図―9の右上から、左下へ、最後、死に到ると、言われましたけど、非常に単純に言えば、老化するっていうのは、活動量が減っていく、したがって、だんだん、病気が、この図に従って出てくる、っていうことでしょうか?
AY: 因果関係がどちらか、って、よく言われます。で、横断的な分析しかできてなかった、2000年代の時は、これは、病気だから、体が動かなくなるんじゃないか、とかですね、いろいろなことを、論文審査を受ける間に言われたこともあって。それから、縦断研究になって、元々、10年前に、こういう生活があって、それをずーっと10年続けていった場合に、どこで病気が発症してきた、というような分析に変わってきたところで、ようやく、因果関係が、活動量が落ちることが、病気を引き起こすきっかけには、なってる、っていうようなことが、明らかにはなってきたんですが。これ、なかなか難しいところで、どっちの要素も、ネズミの研究みたいに、こう、きちっと全てをコントロールできるわけではないので、人間の研究ってのは、付きまとう。まあ、因果関係を証明する上では、難しい点かなあ、という風には思います。
老化のコントロール
AA: 老いていくっていうことと、活動量が減る、っていうことが、ほぼ、イコールだとすると、歳をとっていくにもかかわらず、活動量が減らない人たちっていうのが、こういう病気を発症しないわけですね。
AY: あっ、そういうことです。80になっても、90になっても、7000歩、8000歩、維持できている人は、こういう病気が極めて少ないです。一生涯、よく使われている器官、臓器なんかは、衰えがあまりない、ていうようなことが、だんだん証明されてきている。90歳になっても、筋トレやっても、遅くない、若い人と同じように、30%ぐらいの筋肉の増加、ていうか、代謝が、上がってくる、なんていうことは、報告がいっぱいあるわけなんですけど。
もちろん、老化を完全にストップすると、例えば、癌細胞が増えたりと、そういうことがあって、多分、老化があって、細胞のアポトーシスなどを促しながら、うまーく老化をしていくような、私は気がするんですが。そういうことを考えた時には、老化は、まあ、仕方がないんだけれども、その速度を、かなり遅らせようと思えば、人間の生活、生活習慣次第で、ある程度のところまでは、うまく老化をコントロールできるんじゃないかな、っていうような気がするのですが。
比較するという科学の原則
AA: こういう非常にクリアーカットな結果が得られた、というのは、驚くべきことです。科学の原則として、いろんなことを比較する場合に、比較対象が比較できるかどうか、っていう、そういう条件を、整えるのが、非常に大切ですね。
AY: はい、おっしゃる通りだと思います。中之条町という、例えば、人の出入りが少ない、ずーっと同じ環境で、生まれ育って、一生涯終わる方が多い、そういう環境だからこそ、こういう風に、活動量の違いによって、他の要因が、非常にコントロール、自然にコントロールされる、やすい状況にあった、ということだと思うんですね。