大規模なスポーツ大会では、その中心となる選手はもとより、大会運営を支える多くのスタッフが活動しています。これらの選手、スタッフの食を巡っては、いろんな理由により食べずに残ってしまった食品廃棄(フードロス)が問題となっています。
「買取大吉 バレーボールネーションズリーグ2024福岡大会(VNL2024福岡大会)」(*)では、大会の企画段階から、この課題を意識して取り組んで来ました。本稿では、このフードロスの課題にスポットを当てて、取り組み内容とその意義、そして予想を遥かに超えたSDGsのもたらした多方面にわたるポジティブな効果について、お伝えしたいと思います。
(*)2024年6月4日~16日、西日本総合展示場(福岡県北九州市)、国際バレーボール連盟(FIVB)/Volleyball World(VW)、VNL2024福岡大会組織委員会主催
- 大会のSDGs的意義
- 大規模スポーツ大会におけるフードロス問題
- 議論の背景
- 画期的なミールチケットの導入
- 地元にもスタッフにも好評
- 食べ残しを減らす取組み
- ワンヘルスの取組み
- フードドライブ
- 終わりに
大会のSDGs的意義
VNL2024福岡大会の大きな特徴は、大会の主催者であるFIVB/VWとその開催地元である福岡県/北九州市とがパートナーシップを組んで、企画段階から、SDGsを意識して取り組んだことにあります。大胆に言えば、大会そのものが持続可能な開発を目指す事業であり、大会とSDGsが一体となった取り組みになっています。
特に、今回取り上げるフードロスの問題は、SDGsのゴールでも取り上げられることの多い食に関することでもあり、なおさら、関係者間で議論を重ねています。選手、スタッフを含む大会の運営側と、地元自治体、特に会場がある北九州市とがパートナーシップをしっかりと組むことにより、大会会場周辺の飲食店(駅前ビルなど)の理解を得て、フードロス対策を進めることができました。
この取組みは、選手、スタッフの評判も上々であり、地元の方々も大変喜んでいました。SDGsを進めることが、その事業の成功に繋がることの証左にもなりました。
大規模スポーツ大会におけるフードロス問題
スポーツ大会に限らず、大規模なイベントにおける楽しみの一つは食です。特に遠方から試合を観に来られる方々にとっては、試合は無論のことですが、その地の食べものも試合観戦に伴う魅力になります。
それは、大会に関わる選手、スタッフも同じ思いだと思いますが、試合運営上の必要から、主催者側がこれらの方々の食事を用意しています。選手については、主にホテルにおいてビュッフェ形式で提供されます。また、スタッフについては、利便性の観点からお弁当の形で食が提供されています。特に大規模国際スポーツ大会では、これらに伴う過剰な仕⼊れや⾷べ残しなどによるフードロスは、資源の浪費や廃棄物の増加につながり、大会運営上はもとより、SDGsの視点からも大きな課題となっています。
議論の背景
スポーツ大会の運営には、レフリー、競技進⾏、照明・⾳響、ボランティアと、様々な役割のスタッフが従事しており、その役割や競技の進⾏の状況などによって、⾷事のタイミングが異なります。そのため、各⾃のタイミングに合わせて、また、場所を選ばずに⾷べることができることから、お弁当の提供が⼀般的となっています。また、その日によって、もっと言えば時間帯によって業務に従事する⼈数が変化するため、事前の⼈数把握が⾮常に困難です。
さらに、大規模なスポーツ大会では従事するスタッフの人数が多く、お弁当の発注個数も多くなります。そのため、その当日ではなく、実際に食べる日の1日から2日前までには、ある程度の予想も入れて発注することになります。主催者としては、個数が⾜りなくなることをできる限り避けるため、多めに発注しがちです。さらには、業務の都合上、食べるタイミングが合わず食べ損ねることもありますし、一律のメニューになりますので、アレルギーなどによって、食べられないという事例も見受けられました。
結果として、余ったお弁当を大量に廃棄することとなり、フードロスが発生します。東京オリンピック2020では、その廃棄率は24%(パラリンピックも合わせた期間通算では19%)になったとのことです(公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「持続可能性大会後報告書」より)。
また、選手やチーム付きスタッフの場合は、栄養管理や外食時の安全対策などの観点から、3食ともホテルにて、ビュッフェ形式で食事を提供することとなります。
これに関連して、農林水産省が実施した調査(令和元年食品産業リサイクル状況等調査「スポーツイベントにおける食品ロス削減手法等に関する調査」)があります。それによると、選手個人が取り分けた分の食べ残しはほとんどありませんが、その取り分け前の大皿(ブッフェボード)に残って、廃棄される量が結構多いことがわかりました。
実際のところ、ホテルのレストランでは、⼤⽫の料理が減る都度、調理しています。それを繰り返していると、予定していた量では⾜りなくなる料理もあり、試合の順番、⾷事の順番によっては食べられないものも出てきます。その不公平をなくすため、最後のチームまで平等に提供すると、どうしても⼤⽫には残ってしまうことになります。
また、ホテルへは過去の傾向に合わせた提供量で依頼(食事量の発注)をしていましたが、アスリートらの栄養を思うホスピタリティから、ホテル負担でその決められた量以上を提供することもあったそうです。
画期的なミールチケットの導入
スタッフ向けの弁当が廃棄されることについて、いわば、内輪のミーティングで、何とかならないかとの話が上がりました。先に述べたように、スタッフの動き方が一律ではないため、自分の都合に合わせて食べることのできる弁当配付が一般的です。このやり方を変えるとしても、スタッフに余計な負担をかけるようなことになれば、食に関する不満が残り、スタッフのモチベーションを下げることにもなりかねません。
そのような中で出てきたアイディアがミールチケット方式でした。あるメンバーがスタッフとして参加した小規模な大会で、ミールチケット(メニューはカレーライスだけだったそうです)を渡され、自分の都合のつく時間にキッチンに行くと、熱々のカレーライスが食べさせてもらえたそうです。
これにヒントを得て、この大会でも、ミールチケット方式が使えないかとの検討が始まりました。このミールチケット方式の場合、弁当配付に比べると不自由な面も出てきますので、実施に当たっては、スタッフの理解と協力が欠かせません。そこで、構想段階から組織委員会はじめ現場を担うスタッフのリーダークラスへ取組みの趣旨と運用方法を周知することにしました。また、チケットの使用期間や範囲を広げることで、使用チャンスを確保し、スタッフ間での不公平感や不満が出ない工夫をすることにしました。
まずは、延べ4千人以上になるスタッフが、自分たちの都合や好みに合わせて食べることのできる食事場所の確保が必要です。それこそ、秒単位で進行するバレーボールの試合を滞りなく運営するため、なかなか現場を離れることのできないスタッフのためには、会場近隣に、食べ物を手軽で持ち帰ることもできるキッチンカーが必須です。今回、会場横の公園には、大会に合わせて、県と市主催のイベントが開かれ、キッチンカーが置かれることになり、一つのハードルをクリアしました。メニューについては、どちらかと言えば、空揚げなどスナック系が中心でしたが、丼ものやラーメンなどのお店も出ました。そのキッチンカーには、忙しいスタッフのために、スタッフ優先レーンを設けました。協力を求める告知もしたこともあって、その他のお客様からのクレームも特になかったそうです。
また、会場から歩いて5分のところにJR小倉駅があり、その周辺には駅ビルが複数あります(アミュプラザ、セントシティ、ビエラ小倉)。これらのビル内には70店舗以上の飲食店があります。ビル内の店舗について、北九州市を介して、各ビルの管理会社に相談したところ、快諾していただき、駅ビル内のすべての店舗が協力いただけることになりました。中には、お持ち帰りできるお店もあり、コンビニでもこのミールチケットを使えるので、重宝したようです。なお、会場近くの商店街では、最近相次いて火災がありました。復興支援の意味合いも込めて、これらの商店街にも範囲を広げることも考えましたが、会場からの距離が少しあったため、今回は断念したそうです。
駅前の協力ビルの一つのアミュプラザでは、そのお店でミールチケットが使えるかどうかを示すポップを自主的に作ってくださいました。それをほかの二つの駅ビル、ビエラとセントシティに伝えたところ、早速同じものを各店舗に置いてくださいました。地元の強力な支援あっての取組みとしての象徴的な出来事になりました。
アミュプラザ入口付近に置かれたデジタルサイネージでは、スタッフ用のミールチケットが使えることが日本語/英語で表示されており、普段裏方のスタッフの皆さんへの“ウエルカム”感がにじみ出ており、大きな励ましになりました。
その後、会場と一体となっているビル(AIM)のフードコートでも使えないかとの意見が寄せられ、早速、北九州市がビル管理者に繋いでくださり、AIM内の各店舗に協力をお願いしたところ、すべての店でミールチケットが使えるようになりました。最終的には、全部で116もの店舗で使用可能となりました。
ミールチケットは、1枚500円のもので、費用を考慮して、紙ベースのものとなっています。期間により色分けするなどして、できる限り皆さんに使っていただくように工夫しています。お釣りを出さないこととしたので、端数は個人持ちになりますが、それでもって大きなクレームはなかったそうです。
ところで、ミールチケット導入に当たって、もっとも高いハードルはお店の資金の問題です。ミールチケットの場合は、精算後払いになるため、個人店では資金ショートのおそれがあります。それを避けるため、取りまとめ社に一定額を立て替えていただくことになりました。関係者が一体となった協力あればこそ、実現した取り組みと言うことができるでしょう。
FIVB/VWからは、約40人の大会役員、海外スタッフが来日しています。日本での生活の慣れも考慮して、前半はホテルで、後半はミールチケットに切り替えました。比較的早い時期に来日した方が8人おられたので、先行してミールチケットを使ってもらいました。この方々は、後から来た海外スタッフの方々をフォローしてくださり、ミールチケット使用の大きな助けになりました。
地元にもスタッフにも好評
忙しいスタッフが、会場から往復10分かけて、駅ビルまで行ってもらい、実際に使っていただけるかどうかが最大の課題でした。ふたを開けてみると、主催者側の心配をよそに、スタッフの皆さんに快く受け入れられ、極めて好評でした。
感想を聞いたところ、フードロスがなく、また、好きなものを食べることができ、とても良い取組みだったとの声が多く聞かれました。オフの日にパブリックビューイングの場や、試合後の「ご苦労様会」、日用品や薬の購入に使った方もおられましたが、地元への経済効果も考慮して、このような使い方も緩く認めたそうです。
また、この大会は、会期が長く、固定のコアメンバーがチケットとまちに“慣れる”ことができたこともあって、ポジティブに受け止めてもらえたようです。
特に、地元の積極的な協力により、駅ビル、キッチンカーすべてのお店で使えるようになったことが、使う側にとって非常にわかりやすく、今回の取組みが好評だった理由の一つでしょう。
何よりも、従来は、会場に閉じこもりがちになるスタッフが駅ビルまで出かけることになり、街の賑わい、店舗の方々との触れ合いにも繋がりました。ミールチケットだけで約2,000万円分が使われ、個人的に追加注文した人もいたはずですので、地元には、この額以上の売上の創出があったことになります。また、各自のタイミングで好きなものを食べることができ、一律のメニューのため対応が難しかったアレルギーや宗教上の禁忌についても、対応することができました。
これまでであれば、海外・日本人スタッフの何千食ものお弁当を手配しているところです。東京オリンピックの例に当てはめると、その2割以上のお弁当が廃棄されていたことになりますが、この廃棄がゼロになりました。過去には、心ならずもお弁当を廃棄することになった方もおられたと思いますので、そのような方々は、なおさら積極的に協力してくださったのではないかと思います。何よりも、単にお弁当を受け取るだけであったものが、ミールチケットの取組みを通じて、SDGsとしての意識がしっかりと伝わったと思います。
また、飲食店では、弁当注文や店内飲食など多く利用いただき、客数が増えたそうです。もっと時間があれば、クーポンの金額に合わせたセットメニューの準備ができたのにとの意見もあり、今回の取組みを積極的に受け止めてくださったのでしょう。今後の大きなイベントでも実施してほしいとの声がありましたので、まさしく地元からも歓迎された大会、取組みになったように思います。
食べ残しを減らす取組み
ホテルのレストランにおいては、⼤⽫に残る料理を減らすことを考えました。まずは、過去のVNLにおける各チームの⾷事量を分析し、提供量を調整するところから始めました。具体的には、選手のホテルにおけるお世話をしているJTBの経験から、選手団の到着後、⽇ごとに⾷事量は減少する傾向であることがわかりました。また、国によって⾷事量の⼤⼩もあります。そこで、⼈数に応じた100%の量ではなく、これらの経験を基に、調理する量を調整することにしたのです。
また、選手団のメインの宿泊場所となったリーガロイヤルホテル小倉では、⾷事時間に合わせ、熱々の料理を提供して食べてもらいやすくする工夫をしました。その一つは、各チームの⾷事時間に合わせて⼩分けに調理し、でき⽴ての温かい料理を提供するようにしたことです。また、ホテルのこれまでの経験から、⾁を⼩さく切り分けた場合、脂⾝だけが残る傾向があったそうです。そこで、⾚⾝・脂⾝のバランスを考えて切り分け、満遍なく取り分けてもらえるようにしました。
先の農水省の調査によれば、啓発のためのポスター等の掲示が効果的であることが示されています。そこで、⾷事会場には、この大会におけるフードロス軽減の取組みについて呼びかけるポスターを掲げ、各テーブルの上に三⾓形のポップを設置しました。
これらの取組みにより、大皿に残る料理をまったく無くすというところまで行きませんが、フードロスを減らすことに繋がったのではないかと思います。また、個人が取り分けた料理については、ほぼ完食でした。選手らのフードロス軽減への意識は非常に高いものがあったと言えそうです。
ワンヘルスの取組み
特筆すべきは、福岡県が推進している「One Health(ワンヘルス)」の取組みです。これは、「人と動物と環境の健全性は一つ」と捉え、これらを一体的に守ろうという考え方です。FIVB事務総長のファビオ・アゼベド氏は、VNL2024の日本での開催地を福岡県に選んだ重要な決め手は、県が「ワンヘルス」を推進していることであると述べています。
このワンヘルスについては、様々な分野の専門家、行政だけでなく、県民、企業、民間団体も一緒になって推進していくことが重要としています。VNL福岡大会では、組織委員会が地元の福岡県、北九州市とパートナーシップを組み、SDGsを推進してきました。そこには、選手、観客、地元の飲食店なども、SDGsの担い手として積極的に関わっています。ワンヘルスの推進方針と相通じるものがあり、ともに手を携えて進めて行くことの大切さを思います。
このワンヘルスの提唱者のお一人である世界獣医師会・会長の蔵内勇夫氏が、VNL福岡大会について、まさに人、動物、環境が結びつくワンヘルスという福岡県が目指す概念を体現した大会だと評しておられます。この「ワンヘルス」が、福岡県が大会の開催場所に選ばれる決め手になったことの面目躍如と言えそうです。
実際のところ、大会期間中、このワンヘルスに関連した取り組みが随所に見られました。会場横の公園では、ワンヘルスの⼀環となるフードロス軽減について、重点的に取り組んでいることも周知しています。また、この一角には、ワンヘルス・福岡県観光ブースと、ワンヘルスの理念に沿って生産・販売される農林水産物や加工品の認証手続きができる「ワンヘルス認証ブース」も設けられていました。
また、びわや無花果、巨峰の旬の果物など福岡県の特産品が、福岡県産の花きと合わせて、VIP、特別体験の観客など各種ラウンジで提供され、福岡ならではの味をいただくことができました。この花きは、VIPルームのみならず、廊下やトイレなどにも飾られており、会場に潤いをもたらすものとなりました。
福岡県では「いただきます!福岡のおいしい幸せ」をスローガンに、行政、保健医療 介護、商工業、農林水産業、教育など幅広い関係者が連携・協力し、食育・地産地消県民運動を展開しています。VNL福岡大会で福岡県の特産品が提供されたことを通じて、今回の大会関係者も、いわば県民運動の一員として、県産⾷材の利⽤拡⼤の促進、地産地消推進の一翼を担ったことになります。このような大規模なスポーツ大会が、地元貢献につながるよき事例になったように思います。
フードドライブ
この大会に合わせて、フードドライブもありました。これは、福岡県と北九州市の取組みで、家庭などで食べなかった、未開封で個包装の食品を持ち寄り、フードバンクや子ども食堂、福祉施設などに寄付する活動です。回収した食品は、一般社団法人福岡県フードバンク協議会にて寄付先が決定されます。
今大会では、観客向け、運営スタッフ向けに回収ボックスとノボリを会場周辺に4箇所設置しています。回収ボックス1箱分の食品が集まり、それぞれの関係先に寄付したそうです。
終わりに
今回のような大規模なスポーツ大会に限らず、大規模なイベントにおいては食の占める位置は大きいものがあります。大勢の選手やスタッフが動くことになりますので、その食の確保は重要です。
これまでであれば、お弁当の提供や、レストランにおける食事などでのフードロスは避けられないものがありました。それをミールチケット方式や、レストランにおける食の提供の工夫などにより、フードロスを無くす取組みは注目に値します。特に、お弁当の廃棄をゼロにしたミールチケットは、特筆すべきものだと思います。
大会の組織委員会と、地元の県・市がパートナーシップを組んで、SDGsの視点から、企画段階から議論し、前向きに進めたからこそ、実現したものだと思います。特に、ミールチケットの取組みを通じて、地元の店舗が積極的に協力し、大会そのものが地元にとって歓迎すべきものとなったことは、大きなイベントにおける負の印象を克服し、まさしく大会の持続可能性を実現したものになりました。
また、選手やスタッフが、今回の取組みを好意的に受け止め、自ら進んで実施し、さらには、観客や地元の方々を巻き込んだことにより、大会そのものがSDGs事業になったと言うことができます。
今回の大会は、大規模なスポーツ大会のみならず、大きなイベントすべてに通じるSDGs実施の意義を体現するモデルケースになったように思います。
資料提供 VNL2024福岡大会組織委員会(SDGs部門)
文責 喜多茂樹