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熊問題と現代型レンジャー (III)現代型レンジャーの内容

本稿では、熊問題への中・長期的な対応の一つとして前稿において構想された現代型レンジャーの具体的な内容を、プロトタイプとして提示します。

 

現代型レンジャーの内容

1.現代型レンジャーの主な役割

現代型レンジャーが担う役割は多岐にわたりますが、その中心にあるのは、専門職として地元に常駐し、自然と人間社会の接点に継続的に関わり続けることです。単発の対応や緊急時のみの出動ではなく、日常的な巡視と関係づくりを通じて、問題の兆候を早期に把握し、被害の発生を未然に抑えることが求められます。そのためには、現代型レンジャーは、高度な専門職として位置付けられることが大切です。

 

主な役割

現代型レンジャーの役割は、本稿のIとIIで解析した基本概念である「山と市街地の間の人と野生動物の双方向の流れ」を、各種既存組織との横断的な連携によって、適切な状態に保つことです。そのための具体的な取り組み内容を、プロトタイプとして、スケッチしてみます。

(1)森林や里山の管理と把握(環境省、林野庁、各都道府県、市町村の担当部署との連携)

野外活動をするレンジャーの本来の役割である自然生態系の保護のために、常住的に、森林の状態や植生の変化、動物の痕跡などを継続的に確認し、人と野生動物の境界となるエリアの状況を把握します。またそれらの情報の共有、伝達のためのデータベースの構築を担います。こうした日常的な観察を、熊をはじめとする野生動物の行動の予測、出没リスクの評価に結びつける仕事を担います。

(2)野生動物の調査研究とともに、彼らとの適切な距離を保つ
(環境省、林野庁、各都道府県、市町村の担当部署、学術、獣医師組織との連携)

野生動物の出没情報の収集や分析を行い、必要に応じて追い払い、誘導、注意喚起といった
対応を行います。捕獲が必要となる場合は、関係機関や専門家と連携しながら慎重に判断され、実行に移されます。また、被害を与える動物たちの特徴の調査や、健康状態などの獣医学的調査、研究を進め、データベースを継続的に作成、更新します。

(3)地域の安全確保と危機対応(熊出没時の諸対応機関と連携。警察、自衛隊も含む)

熊の出没は、住民の生命の安全と共に、生活や心理に大きな影響を与えます。現代型レンジャーは、危機に対処するとともに、危険情報を整理し、地域に伝えることで、過度な不安や混乱を防ぎます。その際、熊の捕獲、殺処分などの武力の行使、そのための高度な専門技術の習得、訓練、演習なども含まれます。また、災害時には、森林や山間部に精通した人材として、初動対応や情報収集に寄与することも想定されます。

(4)住民や自治体との連絡・調整、および多様な交流

現代型レンジャーは、日常のさまざまな場面での現場の状況を行政と共有し、また行政の判断や方針を地域に伝える役割も担います。自然の状況と人の暮らしの双方を理解した立場から調整を行うことで、対立や誤解を減らし、継続的な対応を可能にします。また、子どもたちのキャンプ活動や広く一般のイベント、学習会などを通じて、自然と人間の関係を実践的に住民に伝える活動を常態的に実践します。

以上は、ごく一般的な現代型レンジャーの役割をプロトタイプとして挙げたものですが、現場では、各地域の特徴などに従って、多種多様な役割が考えられるでしょう。このように、「現代型レンジャー」とは、特定の動物だけに対応する専門職ではありません。各地域の特性に沿って、森林や里山、集落の周辺といった人と自然の境界に常駐し、日常的に現場を見守りながら、人命の安全、生態系の健全性、地域社会の持続性を同時に支える専門職です。緊急時にだけ現れる存在ではなく、普段から地域と自然の関係に関わり続ける点に、その最大の特徴があります。そのことによって、熊問題を象徴とする「山と市街地の間の人と熊などの野生動物の双方向の流れ」を適切な定常状態に保つことが可能になると期待されます。

 

2.地域住民とつながる現代型レンジャー

現代型レンジャーの役割でもう一つ重要なものは、地域の住民と直接つながり、日常の中で安全や自然との関わり方を共有していく機能です。熊問題をはじめとする自然に関わるリスクは、特定の専門家だけが理解していれば防げるものではなく、地域全体の理解と行動が重要になります。

そのため、現代型レンジャーの一部は、市民向けの教育や訓練を担う役割を果たすことが考えられます。ここでいう教育や訓練とは、キャンプ活動などを通じて、自然環境や地域空間の中で自分の身を守り、周囲の状況を判断する力を養うためのものです。

子どもから高齢者まで、それぞれの年齢や体力に応じた形で、安全な行動や基礎的な身体の使い方を学ぶ機会を提供します。これらは、日常生活の諸活動に役立つだけでなく、日本各地で頻発する自然災害や熊などとの遭遇など非常事態時でのサバイバルに通じます。

こうした取り組みを通じて、地域住民は自然災害や野生動物を一方的に恐れる存在としてではなく、自然と人間社会の関係性の中で理解する視点と対応能力を持つことができます。自分の身体、他者の存在、動物の行動、そして環境の特徴が互いに影響し合っていることを、体験的に理解する手助けとなります。

このように、現代型レンジャーが市民と継続的に関わることで、地域の中に知識や経験が蓄積され、緊急時だけでなく日頃からの備えが強化されます。これは、熊や野生動物問題などへの対応力を高めると同時に、地域全体のレジリエンスを高める基盤となるものです。

また、これらの活動は、幅広い範囲で、自治体や一般企業の参加を促します。それらは、衣食住全てに関わる、場所や機会の創出、文化的、スポーツ的イベントや、グッズの提供、など、多種多様な職種の創出、そして、人の流れを呼び戻し、地域の活性化に資する大きな可能性を提供します。

 

3.現代型レンジャーになる人々

現代型レンジャーの仕事を考えるとき、「どのような人が担うのか」という問いは避けて通れません。この仕事は、自然環境の中を歩き回り、天候や地形の変化に対応し、野生動物の行動を観察しながら、同時に人間社会との調整を行うものです。そこには、身体的な負荷と、継続的な判断力の両方が求められます。

第一に、現代型レンジャーは、肉体的にタフであることが前提となります。山中や里山を歩き、全天候の中で作業し、災害時には困難な環境で活動することも少なくありません。しかし同時に、力任せに状況を制御する存在ではなく、観察し、待ち、判断し、関係を調整する冷静さが求められます。身体性と知性の両立は、この職業の大きな特徴です。

こうした条件は、一見すると過度に厳しく思えるかもしれません。しかし現実には、これに適合し得る人材層は決して薄くはありません。中学・高校・大学時代に、あるいは職場やコミュニティーで、スポーツに打ち込み、身体能力を高めてきた人々は、日本社会に数多く存在します。その一方で、競技生活を送ったスポーツ選手たちの引退後や学生生活の後に、身体性を活かせる職業に対する選択肢は限られているのが実情です。

現代型レンジャーは、そうした数多くの人々に対して、新しい職業的な地平を提示します。退職した自衛隊員、競技生活を終えたアスリート、登山やアウトドア活動に親しんできた人々、あるいは身体を使った仕事に意義を見いだしたいと考える人々にとって、長期的に関われる公共的な仕事となり得ます。

第二に、上とは逆に、この職業は身体性だけに開かれているわけではありません。研究者や大学関係者、獣医師、環境分野の専門家が、現場に定期的に関わりながら、全人的に仕事をする場としても大きな可能性を持っています。

知識と体験が分断されがちな現代において、現場と理論を往復できる職業は貴重です。また大切なことですが、特別の専門的な技術を身につけていない多くの人たちにも、門戸は広く開かれています。

重要なのは、現代型レンジャーが、一人で完結する職業ではない、という点です。すべてを一人で担う必要はなく、体力、判断力、調整力、専門知識など、異なる強みを持つ人々、あるいは特別の強みは持たないが自然やレンジャーに惹かれ、愛を持つ人々、がチームとして関わることが前提となります。

この章で描いた人物像は、特定の個人像に固定されるものではありません。むしろ、老若男女、多種多様な背景を持つ人々が関わり続けることで、現代型レンジャーという職業は成立します。

 

4.制度として支える現代型レンジャー

現代型レンジャー構想で、最も重要なことの一つは、仕事を遂行するに足るレンジャーの人数を継続的に確保し、現場に配置し続ける体制です。そのためには、現代型レンジャーを制度として位置づけ、公共インフラの一部として設計する視点が欠かせません。

まず前提となるのは、現代型レンジャーが単独の新組織として孤立するのではなく、既存の制度や組織と連続性を持つことです。森林管理、野生動物対策、防災、感染症対応といった分野は、すでに国や自治体の中に部分的な制度として存在しています。しかし、それらは縦割りで配置され、現場で横断的に機能する仕組みは十分とは言えません。現代型レンジャーは、こうした制度の隙間を埋め、現場で統合する役割を担います。

ここでは、現代型レンジャーと親密性を持ついくつかの例を取り上げてみます。

まず、自衛隊との連続性について考えてみたいと思います。

自衛隊は、国防という本来任務に加え、災害派遣を通じて全国の自然環境と地域社会に深く関わってきました。山間部での行動、厳しい環境下での作業、組織的な連携と規律といった点で、現代型レンジャーの活動と重なる部分は少なくありません。

また特に、レンジャー活動に必要な、武力的側面、すなわち、熊などの害獣との対処に必要な銃やライフル、戦闘技術などは、猟師や猟友会員など、専門的な技術と経験を持つ人々以外の一般住民には望むことはできません。さらに重要なことは、猟師や猟友会員やライフル保持者などの人数が、高齢化などによって、激減してきている現状です。自衛隊員の訓練された武力的技術と経験は、この需要にさまざまな仕方で応えてくれます。

現在、自衛隊員の退職後の就業支援が政策課題としても取り上げられており、自治体や企業への再就職が進められています。現代型レンジャーは、この流れの中で、彼らや彼女らの、技能と経験を社会に還元する大きな受け皿となり得ます。退職自衛官が持つ体力、判断力、現場対応力は、自然と人間社会の境界で活動するレンジャー業務と高い親和性を持っています。

但し、もちろん、現代型レンジャーは自衛隊の代替ではありません。国防や大規模災害対応という自衛隊の役割を尊重しつつ、日常的に地域に常駐し、関係を耕し続ける役割を担います。災害時には、自衛隊が円滑に活動できるよう、地形や地域特性に関する知見を共有する存在としても機能します。この関係は上下ではなく、役割分担と連携として設計されるべきです。

次に、自治体との関係も制度設計の要となります。現代型レンジャーは、国主導で理念を共有しつつ、配置や運用は地域特性に応じて自治体が主体的に担う形が現実的です。財源についても、単年度予算ではなく、中長期的な視点での安定的な確保が必要となります。これは、熊問題や災害対応を「突発的コスト」ではなく、予防的な公共投資として捉え直すことを意味します。

さらに、獣医師や研究者、環境専門職との連携も欠かせません。現代型レンジャーは専門家の代替ではなく、現場で得られる知見を共有し、専門的判断につなぐ媒介です。制度としてこの位置づけを明確にすることで、専門職との協働が日常化し、実践基盤が整います。

このセクションで示したのは、現代型レンジャーを「新しい職業」としてだけでなく、人・自然・社会を支える公共インフラとして構想する視点です。この視点からは、ベンチャー企業も含め、一般企業や民間からの大規模な参加も、有力な制度設計の一つとなります。人数を確保し、循環させ、知見を蓄積するためには、制度的な背骨が不可欠です。この背骨があって初めて、経済界や民間の参画も、現実的なものとして接続されていきます。

 

5.SDGsとの接続:地域と自然を支える持続可能な仕組みとして

熊問題への対応を、森林管理や野生動物対策という個別の課題にとどめず、地域の持続可能性という視点から捉え直すと、SDGsとの接続が見えてきます。人と自然の関係が不安定になることで生じる問題は、生活の安全、地域の存続、環境の保全といった複数の目標に同時に影響を及ぼしています。

現代型レンジャーの構想は、こうした課題を分断せず、現場で一体的に扱う仕組みとして位置づけることができます。多様なレンジャー活動に専念する地域に根ざした人材が、自然環境の変化を把握し、野生動物との距離を調整し、市民の安全や理解を支えることは、持続可能な地域づくりに直結します。また、多様な人材を含む高度な専門職として現代型レンジャー組織が確立されることで、地域での働きがいや担い手の確保にもつながり、同時に多種多様な企業の参入をも可能にし、人の流出が問題となっている地方の活性化の起爆剤としても大いに機能する可能性があります。

SDGsが掲げる目標は、抽象的な理想ではなく、日常の現場で具体的に実装されてこそ意味を持ちます。現代型レンジャーという熊問題への対応を通じて、自然と共に生きる地域のあり方を再構築する取り組みは、その一つの実践例と考えることができます。

 

結び

熊問題は、単なる野生動物対策として捉えられることが多い一方で、実際には、人と自然、地域社会の関係が変化してきた結果として表面化している課題でもあります。熊の出没そのものをなくすことだけを目的とするのではなく、長期的な取り組みを始める必要があります。

本記事で提示した現代型レンジャーの構想は、熊問題への対応を出発点としながら、持続可能な社会につながるSDGs施策を、地域の現場で具体的に機能させるための一つの選択肢と言えます。現代型レンジャー組織という、さまざまな分野の専門職同士の連携を可能にし、市民と知識や経験を共有しながら、自然との関係を調整していく仕組みは、熊問題に限らず、災害や地域の衰退といった課題にも応用可能です。特に地域の人的流失や衰退とその回復は、現代型レンジャーの活動と結びつく多種多様な企業や組織、さらには、スポーツや文化芸術と密接につながる可能性があります。

熊問題を通して問われているのは、私たちが自然とどのような距離で関わり、どのような仕事や仕組みを社会の中に位置づけていくのかという点です。現代型レンジャーといった多分野横断型の新たな職種の構想によってこの問いに向き合うことが、持続可能な社会を考える上でのさらなる重要な一歩になることを願います。

 

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