本稿では、熊問題への中・長期的な対応を考えるために、熊問題を整理し、その全体像を提示します。

序
熊問題:現代における人間社会と生態系の関係の象徴
近年、日本各地で熊の出没が相次ぎ、人的被害も深刻化してきていることが、大きな社会的関心を集めています。特に、この2025〜2026年にかけての秋・冬に見られた人の居住地域で命が失われるような状況は、これまでの熊問題とは異なる緊張感を社会にもたらしています。
この熊問題の背景には、地域社会の変化、自然環境の変化、そして人間の暮らし方の変化などが複雑に絡み合っています。このような視点から、熊問題に対してはさまざまな意見が多方面から寄せられており、中には、熊の排除と熊との共生の間の対立なども呼んでいます。
熊による被害、特に深刻な人的被害に対しては、緊急に対策がとられる必要があります。これまでの日本では、この熊問題をはじめ、野生動物による被害に関しては、組織的によく整備され、きちんとした対応がなされてきています。ただ一つの大きな問題は、現在見られるような、熊をはじめとする野生動物と人間との関係が生態系と人間社会の変化に伴って大きく変化してきた現状に対して、これまでの対応には人的にも組織的にも限界が生じてきているのが明らかになったことです。
従って、限界を迎えている熊や野生動物に対応するための組織の有り様を早急に改善する必要があります。ところが、先に述べたように、この熊をはじめとする野生動物と人間社会といった大きな問題の背景には、地域社会の変化、自然環境の変化、そして人間の暮らし方の変化などが複雑に絡み合っています。従って、組織の改善自体も、容易ではありません。実際、さまざまな意見が交わされていますが、現状把握と現状批判に基づく、各論的な意見の域を脱しきれていないのが現状であるように思えます。
本記事では、この熊問題を整理し、それが人間社会と生態系の現代での有り様を象徴していること、そしてその認識に基づいて、変化し続ける自然生態系と人間社会の間に立ち、それらをつなげる現代的な職種としてのレンジャー組織の創設という具体的な構想を提案し、熊問題に対する中・長期的な対策の一つとして提示したいと思います。
熊問題
1. 熊による被害
1-1. 被害の実態
最近大きな問題となっている熊による人的被害は、2025年度(1月末現在)までに、230人、死者は、13人にのぼり、これは、過去最多だった2023年度の2倍以上という異例の多さです。被害の中身は、突然の接近による攻撃で、高齢者・単独行動中の被害が多いという特徴があります。
都道府県別にみると、本稿末尾の別表に示すように、被害は北海道と東北地方に集中しており、特に秋田・岩手・新潟・福島・長野が深刻な状態にあります。中でも秋田県では被害者数が87人にも及んでおり、続いて、岩手の38人と福島の24人となっています。
1-2. 現代における熊の出没と被害に関する特徴
2025年の熊の出没と被害に関する特徴は、出没の数の増加だけではなく、熊の市街地侵入が明確に常態化し、人身被害が過去最多になり、これが今後も続く可能性が高いということです。しかも、熊が、人の生活、食物のありか(果樹・残渣等)、道路・河川の位置等を学習している兆候があり、今後の大きな問題を提起しています。
2. 熊による被害と人間社会の変化の相関
近代以前から現在までの熊による被害をそれが生じた場所に注目し、それぞれの時代における熊と人の生活を眺めてみると、次のような傾向が見られます。
山→里山→農地→農村→市街地
熊による被害は、時代を経るに従って山の森林地帯から人の住む地域へと変化してきていることがわかります。各地域での被害は、そこに生息する熊と、出入りする人間の数に関係します。
歴史的に見ると、樹木は、人の暮らしに必須な資源の主要なもので、土木建築の材料から火力として、山や里山の樹木は非常に過酷に伐採され、利用されてきました。その結果、人里の周りの山々は、ひどい時には禿山になるほどで、それらは歴史資料からも明らかです。これは、山林地帯の生態系を破壊し、その結果、そこに生息する生物、特に熊を含む野生動物たちに影響し、それらの生息数は少なく保たれていました。
近代産業革命以降、人の生活に必要な資源が、樹木から石炭や石油といった化石燃料に劇的に移行し、人間社会の産業構造は、農林水産業の一次産業から、工場での製造業の二次産業に移り、さらにはサービス業の三次産業へと移りました。それに伴い、人々も農村地帯から市街地、都市へと移っていきました。
以上の変化は、山での樹木の自然再生、生態系の回復を促すとともに、農村地帯の過疎化による里山や農村自体の荒廃を招き、里山や、農村内の一部においても、自然生態系が復活する現象を招いています。
山の生態系の復活は、必然的に、種々の野生動物の増加に結びつき、実際、近年特に、シカやイノシシの急増とともに、熊の急増を招いています。これらは、山の森林地帯での野生動物たちの食糧バランスの崩れを引き起こします。例えば、熊の主要な食料の一つであるドングリなどの樹木は、自身の生態サイクルに従って周期的に果実の量が大幅に変化します。さらには、近年の気候変動の影響により、ドングリなどの大幅な不作は、個体数が劇的に増加した熊たちの生存にとって、大きな脅威となってきています。その結果、熊の活動域が、山から里山、さらには市街地に広がってくるのは、異常自体ではなく、自然の成り行きと言えることになります。
また、上に挙げた人の移動は、自然界の変化だけではなく、里山の放置、農村の荒廃等、人間の住む地域での自然生態系の復活、柿の木などに代表される果樹類の繁殖、つまり、熊をはじめとする野生動物の食糧の増加を招いています。さらには、市街地の増加とそれに伴う人口の増加は、有り余る食料を生み出しており、熊たちが市街地に行動範囲を広げてくると、そこは熊たちにとっての新たな豊富な食糧供給の場となります。
以上が、現代における被害の発生地域の変化の特徴と考えられます。このような生態系と人間社会の変化が、人と熊の遭遇の機会を増やし、人的被害の増加につながることになります。そして結論は、ここ数年の熊の人間の生活圏への進出とそれによる被害は、これからも続き、その程度はますます大きくなるだろうということです。
3. 対策
熊による被害、特に人的被害は看過することはできません。至急に対策がとられる必要があるのはいうまでもありません。さらに、緊急、中期、長期的対策の全てが必要です。
但し、大前提として知っておかなくてはならないのは、クマは「野生鳥獣」であり、原則保護対象となっていることです。人身被害や農作物被害などがある場合に限って、捕獲・殺処分が認められるのですが、それには、環境省または都道府県知事の許可が必要であることです。
3-1. 緊急対策
まず、熊出没に際しての緊急対策の典型的な実務・現場の流れをまとめると以下のようになります。
① 熊出没に際しての対応の流れ
- 出没・被害発生
→ 地元住民・自治体が通報
→ 都道府県担当部局が現場対応検討・許可捕獲指示 - 許可捕獲申請・許可付与
→ ハンターが許可を取得
→ 地元警察・自治体が現場安全を確保 - 捕獲・処理
→ トラップ設置・銃猟(許可)などで捕獲
→ 一部は放獣(非殺処分)もあり得るが、人身被害リスクある個体は通常殺処分される傾向が強い。 - 報告・統計
→ 捕獲数・殺処分数は環境省が年次で集計
以上の対策の流れは、国、自治体、民間の様々な組織間の適切な連携によって実行されています。
② 熊の捕獲およびその殺処分とその現状
2025年の熊の捕獲と殺処分の割合を見てみると、国の暫定発表によると、12月末までに、全国で、13,499頭で、そのうち殺処分されたのは、13,387頭で、全捕獲頭数の99%です。
熊の内訳は、
- ツキノワグマ(全国):12,088頭(うち捕殺 11,976/非捕殺 112)
- ヒグマ(全国):1,411頭(捕殺 1,411/非捕殺 0)
となっています。
③ 捕獲・駆除を担う人々と組織
この熊の捕獲と駆除・殺処分を担っているのは、どのような人々と組織でしょうか?
- 許可を得た狩猟者(猟友会会員を含む民間ハンター)
- 狩猟免許所有者が主体的に捕獲・駆除を担う。
- 法改正により、生活圏での緊急射撃が条件付きで可能となった。
- 地方の捕獲実務者(専業捕獲業者/ガバメントハンター)
- 国・自治体が研修・育成を進める「ガバメントハンター」等の専門職も増設計画に含まれる。
- 2025年のクマ被害対策強化パッケージでは、人材確保・育成の強化が明記されている。
- 警察・自衛隊の関与(例外的措置)
- 法令上、緊急時には警察がライフルで熊を射殺可能な法的根拠があると報じられているが、これは極めてまれな対応。
以上をまとめると、現在のところ、有害熊の捕獲駆除は、自治体を中心に、組織的に整備され、有効に働いています。しかし、切実な問題として、実際に有害熊の捕獲駆除に携わる人の人数が、急速に減少してきており、その実効性の限界を迎えてきている、ということがあります。
従って、この人材育成を、早急に開始する必要があり、現在、国と自治体を中心に新しい人材育成策が推し進められているところです。
3-2. 中・長期対策
中・長期対策に関しては、これまでにさまざまな現状の問題点の指摘とそれに対する対策の必要性が議論されてきています。実際、上に上げた国と自治体によるガバメントハンター増設計画などが進んでいます。しかし、先に述べたように、熊問題は、個別的対応の改善のみでは解決しない大きな問題を含んでいます。それらの問題に対する中・長期的対策は、現在のところ、具体的で明確なイメージを作り上げるまでには至っていません。
4. 全体像
人と野生動物の複雑な相関関係の全体像を把握し、それに対処するために、ここで、より広い視点で、熊問題を眺めて、整理してみることにします。
熊だけでは終わらない
野生動物による人と社会への被害は、熊に限ったことではありません。イノシシやシカなど、多種多様な動物による同様の被害も大幅に増えてきています。鳥たちも、大きな問題を抱えています。その最たるものは、鳥インフルエンザの広がりと、それによる家禽類への感染による、甚大な被害です。人の感染症に関しては、その発生源の多くが、野生生物に由来しています。2020年代初めの新型コロナパンデミックによる被害の大きさは、驚くべきものがあり、似たような、新たなウイルス出現によるパンデミックの危険性は非常に高いと考えられています。これは、人や野生動植物に限られることではなく、家畜、家禽、農作物等の病気に関しても同じです。豚インフルエンザで、どれほどのブタが殺処分されたかは、ニュースなどで、周知のことです。特に、大きな問題は、パンデミックに見られる、人への感染です。
以上のことは、人と野生動物の関係は、もっと広く、人と陸、海、空の全ての生物との関係を考慮しなくてはならないことを明確に示しています。
その関係の特徴は、本稿の、1.熊による被害、のセクションで見たように、人と生態系の動的な変化と、その相互作用にあります。従って、熊問題を、常に進行している、人と生態系の相互変化、という全体像の中で捉え直す必要があります。
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(表)都道府県別人的被害
出典:環境省「R07年度クマ人身被害速報」(R08年1月末)

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