One Health × Sports ワンヘルスがスポーツを、スポーツでワンヘルスを
2026年4月21日(火)、東京国際フォーラムで開催された「第41回世界獣医師会大会(WVAC 2026)」。人と動物の健康、そして地球環境の保全を一つの輪として捉える「ワンヘルス(One Health)」の理念を、いかに次世代へ、そして社会全体へ広めていくか。その重要な鍵として注目されたのが、私たちの心身の健康に深く関わる「スポーツ」の力です。
本大会の分科会として行われた「スポーツ分科会トークセッション第1部」では、競技環境の変化やアスリートの身体観を通して、この壮大な理念を紐解く試みが行われました。会場が暗転し、モデレーターの山本浩氏(法政大学名誉教授)が静かに語り始めました。
「世界を驚かせるようなパフォーマンスを見せる選手が、私たちの記憶に深く刻み込まれていく時代になりました。一方で、高い気温の日が続く1年になりました。冷涼な空気の中でスポーツを楽しんできた人たちが、極めて厳しい環境の中で高い記録に挑まなければならない。相反する状況の中で苦しみながら、しかしその先にある栄光をつかもうと努力を続けています」
その言葉を背景に、スクリーンへの競技映像の投影とともに、ふたりのゲストが次々と壇上へ。アスリートの Shigekix氏、そして冬季五輪金メダリストの 髙木菜那氏。まったく異なる競技の頂点に立つふたりが、道具・身体・時間・集中力について、存分に語り合いました。

Q1. ウェアにはどんなこだわりがある?「見せ方」と「自由」のはなし
山本氏: Shigekixさんがお召しのオレンジとダークブルー、こういう色合いにも相当気を使うんでしょうか。
Shigekix氏:
「ブレイキンを踊るとき、明確にこのウェアを着ないといけないという決まりはないんですよ、練習にしろ大会にしろ。自分のテンションが上がるもの、どういうふうに見せるかっていうこと――ダンサーとしての姿として、色合いだったり何を身に着けるかっていうのを結構気を配ります。そういうセンスがあればあるほど、いいダンサーでいられると思いますね」
山本氏: 普段から色のセンスには敏感でいないといけない、と。
Shigekix氏:
「そうであればあるほど、いいダンサーではいられるんじゃないかなと思いますね」
続いて登壇した髙木菜那氏。スクリーンには躍動するスケートの映像が流れ、本人が颯爽と姿を現した。
山本氏: スピードスケートの選手は太ももがすごく太くなりますよね。高木さん、今もその太さは維持されていますか?
髙木氏:
「太くはなりますけど、清水宏保さんの時代と比べると、靴なども進化しているのでそこまですごく太くはならないですが、やっぱりアスリートとしてはスケート選手はがっしりしている人が多いかなと思います。私はなかなか細くはなりにくいですね。20年間かけてつけてきた筋肉ですから」
山本氏が「清水さんは太くなりすぎると足のクロスオーバーでブレーキがかかってしまう、という話を聞いたことがある」と振ると、髙木氏はきっぱり。
髙木氏:
「それはないです。いろんなものは進化し続けているので。妹(髙木美帆選手)もクロスするときに邪魔だったということはないと思います。長野の時代の人と比べちゃいけないかもしれないですよね(笑)」
Q2. 道具へのこだわりを教えてください――「1ミリ」の世界と「裸足でもできる」競技
山本氏: スケートのブレードって、実際どんな仕組みになっているんですか。
髙木氏:
「スピードスケートのブレードは、氷との接地面が1ミリほどと言われています。フィギュアスケートは大体3ミリほど。スピードスケートはタイムを競うスポーツですので、接地面が薄くて、どのスポーツよりもブレードが長い。そして唯一、かかとが靴から外れるようになっているのが特徴です。スラップスケートと呼びますね」
山本氏: 自分で研ぐこともするんですか?
髙木氏:
「包丁を研ぐみたいに、石と固定台があってフラットになるように研ぎます。接地面を見たら、鏡のように自分が映るくらいまでミラーをかけたりするんですよ。すごくマニアックな話をすると、私は直角で四角く作るのが好きだったんですけど、短距離の選手はエッジをわずかに縦に出すのを好む人もいる。長い距離を滑る選手は引っかかるのが嫌いだったりするので、そこは自分たちの好みでブレードを作ります。あとロックといって、ずっと左回りを滑るので、左側にブレードをわずかに曲げていたりもします」
山本氏: 一方でShigekixさん、シューズはいかがですか。
Shigekix氏:
「ブレイキンに決まったギアがあるかといわれると、ないんですよね。正直、靴に関しても裸足でもできるし、セクションも組まないので、家のリビングで始められるのがブレイキンの面白さというか。始めるハードルの低さも魅力です。その中でスニーカーだけは、唯一ブレイキンにとって大事なギアかなとは思いますけど、ブランドや品番の決まりは一切ない。靴を履かない人もたまにいます。でも自由の中に、こういったもので踊りたい、踊りやすいというこだわりは、各々にあります」
ここで髙木氏が「じつはスケートも……」と意外な事実を明かした。
髙木氏:
「チームパシュートやマススタートはぶつかる可能性があるのでルールがありますけど、個人種目は何着てもいいし、何履いてもいいんです。レーシングスーツが一番速いからみんなあれを着るし、なんかマリモみたいな格好で滑ってるんですけど(笑)、正直何履いてもルールには引っかからないというのはちょっとおもしろいですよね」
Shigekix氏:
「ちょっと意外でした! 完全にすべて決まっていると思っていたので。でも意外とそこに自分のキャラを出せる選択肢があるというのは、今聞いて驚きでした」
髙木氏:
「サングラスとかは好きな色、好きなブランドを使って自分らしく演出している選手は結構いますよ。最近のオリンピックでは、長距離男子2位の選手がヘルメットをかぶっていたり。どっちが速いのかわからないけど、それも好みで。メガネだけでレーシングスーツの選手もいるし、そういう個性が最近のおもしろいところですね」
Q3. 氷の感触は昔と今で違う? 環境が競技に与える影響
山本氏: 高木さん、子どもの頃に滑っていた氷と、今の最新リンクの氷では、感触は違いますか?
髙木氏:
「全然違います。私が小学生のころは外リンク、冬に雪が降ったところに水を撒いて作るリンクで練習していましたから。長野オリンピックのMウェーブのような室内リンクとは感覚がまるで異なります。日本は軟水、海外は硬水だったりとか、あとは標高の影響が大きい。標高が高いところほど気圧が低くて、フィギュアスケートは高く跳べるようになるし、野球はボールが前に飛ぶし、スピードスケートは速くなります」
山本氏が「環境の違いがこれほど影響するとは」と驚くと、髙木氏はさらに続けた。
髙木氏:
「スピードスケートのリンクは一周400メートル、陸上トラックと同じ大きさなんです。フィギュアやショートトラックとはリンクのサイズが違うので、スピードスケートのリンクは夏場は費用もかかるため、一度氷を溶かして作り直します。夏場のトレーニングは、なるべく朝早くに行うようにしていましたね。今は北海道でも36、37度が普通になってきましたから。ただ私、夏生まれなので熱中症にはならないんですよ。これ、ほんとなんです(笑)」
Q4. シーズンとオフシーズン――「365日型」と「180日型」の生き方
山本氏: Shigekixさんの場合、オフシーズンというのはあるんですか?
Shigekix氏:
「基本的にないですね。そもそもオフシーズンという概念がなくて。ブレイキンはカルチャー、文化として発展してきたので、365日、大会がある日も練習の日も、体を休めてダンスの映像を見ている日も、ずっとブレイキンをやっているという感覚なんです。コミュニティに属している限りオンオフの感覚がない。その延長線上で、引退という感覚もないんですよ」
山本氏: 年を取ってくると「Bアンクル」とか呼ばれるようになるんですか?
Shigekix氏:
「それがすごくおもしろくて。なぜ”Bマン”でなく”Bボーイ”(※)かというと、少年心というか、初心を忘れないという意味なんです。遊び心を失わないという意味で、60歳だろうが70歳だろうが、赤ちゃんだろうが、ブレイキンを始めた瞬間から生涯Bボーイ、Bガール。アンクルにはなりません(笑)」
※Bボーイ (B-boy) は、ブレイクダンス (breakin’) を踊る男性のこと。
山本氏: 一方でスピードスケートはオフシーズンがありますよね。夏の暑い時期にかかるわけですが。
髙木氏:
「夏がオフシーズンで練習していないかというと、そういうわけではなくて。大会があるのが10月から3月中旬ごろまでなので、それ以外がオフシーズンですけど、4月から3月まで基本ずっと練習しなければ戦えないスポーツです。正直ほんとに練習がつらいんですけど(笑)。夏にやらないと冬に戦えなくなると、アスリートはわかっているからこそ続けられる。どちらかというとトレーニングに集中できる期間がオフシーズンかな、という感覚ですね」
Q5. 「一発勝負」と「音楽が始まる瞬間」――それぞれの集中法
山本氏: 特にスピードスケートは一発勝負。あの緊張感はどう乗り越えてきたんですか?
髙木氏:
「一発勝負にはメリットもデメリットもありますよね。一発に全部を全集中しなければいけないので緊張もしますけど、一発出し切れればそれで終わり。私がやっていた1500メートルは2分で終わります。2分一本のためにかける。特にオリンピックのその2分に向けて、ものすごい集中力が必要です。でも、それを一日に2本やれといわれたらできないと思いますね(笑)」
山本氏: 集中力を高めるための独自のルーティンはあったんですか?
髙木氏:
「あまり人にとらわれず、自分自身に集中していくことを大事にしていました。周りが気になるときもあるんですけど、そういうときはいろんなものを見て”そうなんだ”と客観視する。残りの時間は自分に集中したり、イメージトレーニングをしたりはよくしていました」
山本氏: スタート前に、ブレードで氷の表面を叩くあの瞬間が集中のピークですか?
髙木氏:
「全然違います(笑)。人それぞれで、名前を呼ばれてカメラに抜かれるときに集中を高める人もいれば、スタートラインに立ってメガネを下ろした瞬間に集中を入れる人もいる。私は名前を呼ばれてから自分のルーティンで整えていく。氷に乗った瞬間に私はもうオンです」
山本氏: Shigekixさんは、見ているとリラクゼーションが当たり前みたいで、緊張とは無縁に見えるんですが。
Shigekix氏:
「リラックスしているときが一番いいパフォーマンスが出るので。等身大でいられるときが一番いい、というのはブレイキンも同じです。僕の場合は、名前を呼ばれてステージに立ってもまだ緊張はしていないですね。音楽がかかって踊り始めるときに、集中を入れる感覚です」
山本氏: 音楽がその入口になるんですね。
Shigekix氏:
「そうなんです。感覚的には、ご飯を食べるとかお手洗いに行くみたいな、日常的な感覚に近いんですよ、音楽を聞くというのが。人と話しているとリラックスできるじゃないですか。日常的になじみのあるものに触れるから。大会で音楽がかかった瞬間、会場のボルテージはぐっと上がりますけど、プレイヤーはぐっと落ち着く。安心感でリラックスできる、というのが僕の感覚です」
髙木氏:(うなずきながら)
「一発勝負のメリットとデメリット、ありますよね」
Shigekix氏:
「ありますね、あります」
世界のトップを走るふたりが、深く頷き合った瞬間だった。
セッションを終えて
約20分にわたった第1部のトーク。山本氏はこう締めくくりました。
「世界の頂点を極めてきたふたりだけにですね、その奥深いところはわずかに垣間見えたかなと思います」
氷との接地面わずか1ミリのブレードをミリ単位で磨き上げ、変化するリンクのコンディションに適応し続ける髙木菜那氏。そして、家のリビングから始められるという身軽さを持ちながら、365日すべてを「Bボーイ」という生き方に捧げるShigekix氏。
一見対照的な二人ですが、その言葉からは、自らの身体という「内なる自然」を最高の状態に整えることと、氷や音楽といった「外なる環境」と深く調和することの重要性が共通して浮かび上がりました。
道具・身体・時間・集中力のすべてに徹底的にこだわり、自分を取り巻く世界と向き合い続ける。そのひたむきな姿勢こそが、世界最高峰のパフォーマンスを支えるとともに、ワンヘルスが目指す「健やかな循環」を体現しているようでもありました。
続く第2部では、国際体操連盟会長の渡辺守成氏、そして赤坂動物病院院長の柴内晶子氏が合流します。アスリートの情熱が、動物の世界や地球環境の未来とどのように共鳴し、新たな「ワンヘルス」のメッセージへと昇華していくのか。議論はさらに核心へと迫ります。
◆第41回世界獣医師会大会2026 公式サイト
本記事はSDGs JAPANポータルサイト編集部が取材・構成しました。
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